138 / 156

君に捧げる千の花束 30

 喜蝶はゆっくりと首を傾げて後藤を観察する。  中肉中背、街中ですれ違っても気にも留めないよう容姿だ。  取り立てて顔つきが鋭いということもなく、だからと言って善人に見えるわけでもない。  本当に犯罪を犯す人間だろうかと問われると、自信が揺らぐような雰囲気だった。  喜蝶は目出し帽を引き下げて顔を覆うと、金属バットを持ってその男の周りを一周だけ回った。  やはりそこにいたのはただの人間で、コウモリの羽もなければ尖った尻尾もない。  自分と変わらない人間が、人一人の人生を狂わせて笑っている。 「…………」  初めは、薫に触れた手を持つ人間を見つけた途端、殴り殺してしまうだろうとばかり思っていた。  けれど気を失って項垂れる姿を見ていると何故か心は凪いで、いきなり殺してしまおうという気分ではなくなった。  喜蝶はバットの先端を床に引き摺りながら、ゆっくりと歩き出す。  柱に縛られて気を失った後藤の周りを、一周、二周、三周…… 「ぅ……」  何周目かはわからなかった。  木の床を擦るカリカリという音、それから畳を擦るさりさりという音、時折ひっかかってカツンと少しだけ大きな音がする。  それを繰り返し、繰り返し。  真っ暗な中で後藤の周りを歩きながら、喜蝶は何を問いかけるべきなのかをぼんやりと考え続ける。 「どうして」  薫を襲ったのか? 「どうして」  頸を噛んだのか? 「どうして」  そんなことをするのか……?  幾つも疑問はあったけれど、結局はそこに発情した人間がいたからだと思い至る。  けれど、誰も彼もが襲いかかるわけではないし、頸を噛もうとするわけじゃない。 「お前は、人を襲って、犯して、尊厳を奪うことを楽しんでいたんだろ? ――――なぁ?」  問いかけと同時にバットを振り下ろすと、床を打ち抜く音と共に短い悲鳴が上がった。  耐えきれなかった反射的な防御反応で後藤の足が跳ね上がる。  ヒィヒィと小さな悲鳴が断続的に溢れ続けて、後藤の緊張の糸が切れてしまったようだった。 「起きてるなら、声をかけてくれよ」  喜蝶は目出し帽の奥でゆったりと笑う。 「独り言を聞かれるって恥ずかしいだろ? な?」  カリカリ……と金属バットを引きずって後藤の真正面に立つと、喜蝶は不思議そうに首を傾げた。 「別に俺はー……危害を加えるつもりはなくてな?」 「っ……ぅ…………」 「まぁ別に大声を出してもいいよ。ただ、お前の体のどこまでコレが入るのか、俺もよくわかんないんだ」  喜蝶は優しげな声で心底困った雰囲気を装う。  目の前で金属バットをゆらゆらと振ってみせ、「わかるな?」と慈愛を込めた声で告げた。  

ともだちにシェアしよう!