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君に捧げる千の花束 30
喜蝶はゆっくりと首を傾げて後藤を観察する。
中肉中背、街中ですれ違っても気にも留めないよう容姿だ。
取り立てて顔つきが鋭いということもなく、だからと言って善人に見えるわけでもない。
本当に犯罪を犯す人間だろうかと問われると、自信が揺らぐような雰囲気だった。
喜蝶は目出し帽を引き下げて顔を覆うと、金属バットを持ってその男の周りを一周だけ回った。
やはりそこにいたのはただの人間で、コウモリの羽もなければ尖った尻尾もない。
自分と変わらない人間が、人一人の人生を狂わせて笑っている。
「…………」
初めは、薫に触れた手を持つ人間を見つけた途端、殴り殺してしまうだろうとばかり思っていた。
けれど気を失って項垂れる姿を見ていると何故か心は凪いで、いきなり殺してしまおうという気分ではなくなった。
喜蝶はバットの先端を床に引き摺りながら、ゆっくりと歩き出す。
柱に縛られて気を失った後藤の周りを、一周、二周、三周……
「ぅ……」
何周目かはわからなかった。
木の床を擦るカリカリという音、それから畳を擦るさりさりという音、時折ひっかかってカツンと少しだけ大きな音がする。
それを繰り返し、繰り返し。
真っ暗な中で後藤の周りを歩きながら、喜蝶は何を問いかけるべきなのかをぼんやりと考え続ける。
「どうして」
薫を襲ったのか?
「どうして」
頸を噛んだのか?
「どうして」
そんなことをするのか……?
幾つも疑問はあったけれど、結局はそこに発情した人間がいたからだと思い至る。
けれど、誰も彼もが襲いかかるわけではないし、頸を噛もうとするわけじゃない。
「お前は、人を襲って、犯して、尊厳を奪うことを楽しんでいたんだろ? ――――なぁ?」
問いかけと同時にバットを振り下ろすと、床を打ち抜く音と共に短い悲鳴が上がった。
耐えきれなかった反射的な防御反応で後藤の足が跳ね上がる。
ヒィヒィと小さな悲鳴が断続的に溢れ続けて、後藤の緊張の糸が切れてしまったようだった。
「起きてるなら、声をかけてくれよ」
喜蝶は目出し帽の奥でゆったりと笑う。
「独り言を聞かれるって恥ずかしいだろ? な?」
カリカリ……と金属バットを引きずって後藤の真正面に立つと、喜蝶は不思議そうに首を傾げた。
「別に俺はー……危害を加えるつもりはなくてな?」
「っ……ぅ…………」
「まぁ別に大声を出してもいいよ。ただ、お前の体のどこまでコレが入るのか、俺もよくわかんないんだ」
喜蝶は優しげな声で心底困った雰囲気を装う。
目の前で金属バットをゆらゆらと振ってみせ、「わかるな?」と慈愛を込めた声で告げた。
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