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君に捧げる千の花束 36
笑うだけ笑い、サッと自分の部屋に引っ込んでしまった尊臣の立てる物音が消えるまで、喜蝶はじっと座って目の前のケーキを見つめていた。
真っ白なクリームが、あの暗い廃屋での出来事がまるで夢だったんじゃないかと思わせるほどに眩しい。
「………………」
フォークを持ち上げて……けれど食べる勇気がないままに下ろす。
「もっと早く帰ってくればよかった、な」
尊臣に入居祝い以外の他意はなかったのだとわかってはいても、それでも目の前にケーキを差し出されたことに……
「…………はは」
どこかホッとした声が漏れた。
自分に割り当てられた部屋の置かれていた布団に丸まり、やっと寝入ることができそうだと思った矢先に玄関ドアがけたたましく開く音がした。
住人のことなんて何も考えていないような足音がどすどすと部屋の前を通り過ぎていき……
「尊臣っ!」
足音が止まるのと同時にドアが勢いよく開かれる音が響いた。流石にじっと横になっていることもできず、喜蝶はそろりとドアを開けて廊下を覗き見る。
「はわっわわわわわっ」
「昨日のうちに向こうに帰るって言ってたでしょ⁉︎」
「だって! だって! 眠くなったから……」
「言い訳しない!」
そう叫ぶ女に引きずられるように部屋から引っ張り出された尊臣はまだ眠そうな顔をしたままで、服も寝るためのものだとわかるような、少しよれたものだった。
対して女はスーツを着ており、尊臣と違って化粧もきちんとしていて……
「あ、の……」
「あ! アゲハさんっ! きーちゃんにちょっと何か言って!」
「な、何か?」
尊臣が縋り付いてくるから、女のきつい視線は尊臣から喜蝶へと移る。
随分と小柄な女性だったけれど、その視線は喜蝶を見ても怯む気配はない。
「君は?」
「きーちゃん、この人はねぇ」
「尊臣は黙ってなさい!」
ピシャリと言われて、尊臣は何も言い返せないまま黙り込んでしまう。
それだけで普段の二人の力関係が垣間見えると言うもので……喜蝶は素直に「昨日からこちらにお世話になっています」と告げた。
「きーちゃんは俺のマネージャーで……」
再び「尊臣」ときつく名前を呼ばれて、尊臣はすごすごと口を閉じて身を縮める。
「君が揚場くん?」
「はい」
「ちょうど連絡しようと思ってたからよかった! じゃあついてきて」
説明らしい説明もない。
自己紹介もない。
それでもその女性には有無を言わせない雰囲気があって逆らうことを許さない。
準備をする時間も与えられないままに、喜蝶と尊臣は部屋から引き摺り出されて車に乗せられてしまった。
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