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君に捧げる千の花束 37

「きーちゃんは、木田って言うんだよ」  押し込まれた後部座席で、尊臣がこっそりと耳打ちしてきてやっとすべてが腑に落ちる。  直江が言っていたマネージャーの木田は、彼女のことだ。  とはいえわかったのは目の前の女性の正体だけで、やっと登り始めた朝日が差し込む車内は依然として謎に包まれたままで…… 「円さん、あなたが帰ってこないって心配してたわよ」    木田マネージャーにそう言われて、喜蝶の隣で大人しく座っていた尊臣の体が跳ねた。 「円しゃんにはちゃんとメッセージ送ったよ⁉︎」 「その後の着信に出なかったでしょ?」  言い返したことにさらにぴしゃんと返事を返され、尊臣はすごすごと引き下がりながら携帯電話を取り出してメッセージを打ち込み始める。 「ご、め、ん、ねっと」  円なる人物は一緒に暮らしている相手だったはず……と、喜蝶は朧げな記憶を引っ張り出す。  随分と過保護なことだと思ったのをルームミラー越しの木田マネージャーに見られていたらしく、「大袈裟だと思った?」と笑いを含ませた声で尋ねられる。  喜蝶は……はいともいいえとも答えることができなかった。  両親に当てはめてみるなら、少し連絡が取れなかっただけで半狂乱になって探し始めるのだから、まったく大袈裟だとは思わない。  でも、それがまともだとも思わなかった。  二人で完結した世界のルールを、傍で見ている人間が断じるのは間違っている と、喜蝶は打ち込む文章を読み上げ続ける尊臣を見ながら思う。 「でもお腹が大きくなってきて不安を感じるのは仕方のないことだから」 「え⁉︎」 「えへへ」  ピース! と二本の指を立ててはしゃぐ尊臣と、ルームミラー越しに木田マネージャーを交互に見る。  芸能人の子供の有無は非常に繊細な話では? と焦る喜蝶を置いて、木田マネージャーは大きな口を開けて笑った。 「君、本当に芸能に興味ないのね」 「…………いえ、そんなことは」 「興味があれば色々とチェックしちゃうものよ。ましてや尊臣が生放送でやらかしたこととかを知らないんだから」  笑いを交えながら言われて……誤魔化しきれなかった。  興味のあることならまず情報を集めるものだ。疎いとはいえ多少芸能に関わろうとする人間ならば、最近起こった大きな話題ぐらいは最低限チェックして然るべきだ。  けれど、喜蝶はそんなことを考えつくことすらないほど、興味がなかった。  自分がここにいるのはすべて尊臣から尊臣の兄の情報を引き出すためで…… 「あ……よ、よくわからないだけです! でも、仕事はちゃんとします! 時宝さんとだってうまくやっていけます!」  

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