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君に捧げる千の花束 38
食いつくように言った喜蝶に、木田マネージャーは意味ありげな視線を送る。
「きーちゃん! 俺がアゲハさん気に入ってるの!」
「え?」
尊臣はメッセージを打ち込んでいた視線をルームミラーに移す。
鏡越しに二人で睨み合い……結局、木田マネージャーが左折のために視線を外すことでその時間は終わる。
車が曲がり切っても木田マネージャーの視線は戻らなかったし、それ以上言及されることはなかった。
喜蝶は懸命にメッセージを打ち込み続ける尊臣を盗み見て、それから手元へと視線を移す。自分の立場は、尊臣の一言でどうにかなったようだ……と胸を撫で下ろした。
爪同士を擦り合わせるようにしてぷちんと弾き、木田マネージャーの方も尊臣の方にも視線を向けずに項垂れる。
綺麗に洗ったはずの爪の先に汚れが残っている気がして、ぐいぐいと力任せに擦り上げる。
「……」
飛び散った血は綺麗に洗い流したはずだった。
けれど目の端にそれがちらついているような気がして……
「……っ」
皮膚が赤くなる頃、「あ」と隣で尊臣が声を上げる。
唐突にあげられた声に手が跳ね上がって……赤く染まった皮膚から爪が離れて初めて、息を詰めていたことに気づく。
「どうしたの?」
呑気そうな木田マネージャーの声に、尊臣はぴょこんと体を跳ねさせる。
「アゲハさん! 今度婚約パーティーすんの!」
「は? え……?」
「アゲハさんもきてよ!」
唐突すぎる申し出に、喜蝶は反射的に首を振る。
何をいきなり言い出すんだと慌てる喜蝶に、尊臣は気軽そうにメモを手渡す。そこには綺麗な字でホテルの名前と時間が書かれていて、ハートマークが最後に添えられていた。
「しゃちょもきてくれるしーきーちゃんももちろんきてくれるよね?」
「……人、が、大勢……来るんですか?」
「来るよー! ユーリくんも誘ったけど……どうかな。でも威兄もきてくれるって言ってたしぃ……」
指を折って数えていく尊臣の姿にざわりと背中が粟立つ。
喜蝶は喉元まで出かかった問い詰める言葉を飲み下し、小さくこくりと頷いて返す。
「じゃあ……お邪魔します」
さっきまで擦り上げていた手がじっとりと汗ばんでぬめる。
結局後藤からはっきりと時宝の名前を聞けたわけではなかったけれど、十中八九は間違いないだろうと喜蝶は騒ぎ始めた心臓を宥めるように胸を押さえた。
「やったー! きーちゃん! アゲハさんきてくれるって!」
「尊臣は距離感掴めない子だから、きちんと断ったらいいのよ? 断っても三秒で忘れるだろうし」
「ひどい! きーちゃんひどい! 俺の扱いひどい!」
わっと騒ぎ出した尊臣を見て、喜蝶は曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
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