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君に捧げる千の花束 42

 喜蝶に対していた時とは違う、明らかに用意されていた言葉だった。 「……」  一瞬で張り詰めた空気の中、尊臣が「あ! しゃちょもきてる!」と間の抜けた声を上げた。  着飾った人々がひしめく会場内で指差した方向には誰がいるのかわからないほどだ。それでも尊臣はグイグイと喜蝶の手を引いて歩き出す。 「え ちょ 」 「あいさつに行こ行こ!」  サッと振り返った威臣と奏朝の様子は弟のめでたい日とは思えないようなもので……  喜蝶は先ほどの奏朝の言葉を胸中で繰り返し、自分の中で出た答えをそろりと口に乗せた。   「…………あと、一人、お兄様がいらっしゃると聞いたんですけど」  尊臣の背中に向けてこっそりと尋ねたとたん、ビリ と指先が痺れた。  それは静電気だとか弾かれたとか、原因がはっきりわかってのものではなかった。ただ目の前の尊臣の気配が変わったから……ただそれだけだった。  本能が、握られている手首を振り払いたがっているのだと気づいた時には、尊臣の放つ異様な気配に全身が冷や汗に塗れていた。  その気配は、あの日、朝から木田マネージャーに連れ出された先で感じた気配とそっくりだった。  尊臣のドラマ撮影。  本人はカメラよりも舞台が好きだと言って、現場に着く直前までぶー垂れていたのだけれど、いざ撮影となった瞬間……部屋に立ち尽くしていた時の姿になった。  深く一度だけ目を閉じ、そして次に視線を上げた瞬間にそこにいたのは尊臣じゃなくて、人を殺して逃げ回る宿命を背負った新人の教師だった。  マネージャーの雑用係という名目で撮影を後ろから見せてもらい……喜蝶はまるで尊臣が幽霊に体を乗っ取られているんじゃないかと錯覚を起こした。  それほどまでに豹変し、気配を変えた尊臣は棘を含むような視線で辺りを睨みつけ、人が近寄ると警戒心をむき出しにして顔を歪ませる、そんな状態だ。 「憑依型って奴になるのかなぁ。もうホント、別人でしょ?」  木田マネージャーはどこか得意そうに笑う。  いつもはヘラヘラと、茶化さないと生きていけないのかと思えるような口調の尊臣が、冷ややかで堅苦しい口調で長台詞を言う。  その様子は、木田マネージャーが言った通り、何かに憑依されているんじゃないかと思えるほど別人だった。 「――――っ」  ピリピリと口の中を刺す苦味。  ここまで酷いものを経験することは滅多にないほどの強さだった。 「大丈夫? 時宝は代々アルファの家系だから、優性が強いらしいの」 「あ……」  木田マネージャーは喜蝶に座るように促すと、水のペットボトルを手渡してくれる。 「どう? あの尊臣の側にいられる?」  そう尋ねられても喜蝶の返事は変わらない。  何を耐えても、何を犠牲にしても、喜蝶が行うべきことは決まっているのだから。

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