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君に捧げる千の花束 44

 喜蝶は思わず花の影に入り、隠れるように身を潜めた。  薫を挟んでつるんでいただけで直接連絡を取り合っていたわけでもなく、ましてや向こうからしてみたら薫に付きまとうお邪魔虫だと思っていたはずだ。  唐突に連絡を絶って……もう存在すらも忘れているだろうと思いはしたが、念には念を入れるべきだ と、喜蝶はそっと会場から出ていく。    「まぁ……話すこともないだろうしな」  そう呟喜、自分のことは忘れたとして、薫のことは覚えているだろうかと振り返る。昔から外見だけはΩだったが優性の強いαの六華は今もΩの隣に立って……楽しそうに戯れあっているように見えた。  まるでポツンと自分一人だけが置いて行かれたようで、唐突に感じたやるせなさに唇を噛んで背を向ける。  逃げるように会場から離れ……木田マネージャーに先に帰るように告げてホテルを出ようとしたところで…… 「――アゲハさん」  名前……ではなかったけれど、尊臣がそう呼び続けてすっかり定着してしまった呼び名に振り返ると、柔らかそうな赤髪が見えた。  穏やかな笑みを見せつつ軽く会釈をされて、つい釣られて頭を下げる。 「呼び止めてしまってすみません」 「……いえ、ご挨拶が途中だったのでよかったです」  バース性がβの段階で容疑者から外れた奏朝に接触する必要はなかったが、尊臣から正臣に接触することが難しい今、目の前の男が一番太い蜘蛛の糸だった。 「さっきは僕の発言が良くなかったみたいで、申し訳ありません」  足を揃え、きちんと頭を下げると大慌てしている奏朝との声が上から降ってくる。 「いや! 謝らないでください!」  男にしては細い指が肩に添えられ、顔を上げるように促す。 「あれはこちらの兄弟の問題ですし、アゲハさんはむしろ巻き込まれた側で……驚いたでしょう? そのことを謝りたくて呼び止めたんですが……」  先に謝られてしまいましたね と奏朝は苦笑をした。  口元に曲げた指を添えて笑うその様子は…… 「…………か  」  かおる と名前が口からこぼれ落ちそうになって、慌てて唇を引き結ぶ。  年も違えば髪の色も顔立ちもまったく違っているはずなのに、少し困ったように柔らかく微笑む様子がどこか薫と良く似ている。  喜蝶は悪夢を見ている心地で奏朝から視線を逸らすと、「気にしないでください」と言葉を絞り出した。 「…………それよりも、トラブルだったんじゃありませんか?」  心を落ち着かせるために無理やりに吸い込んだ息が肺を傷つけているかのように胸が痛む。  

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