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君に捧げる千の花束 48
捕食者だったはずなのに、天地がひっくり返るように獲物へと堕ちたのだとわかった瞬間、喜蝶は動けない繁田がいるその場所から転がるようにして飛び出す。
「 ――――っ。に、が」
口の中の苦さは次第に強まっていく。
それは、この場に優性の強いαがいる……もしくは近づいてきている証拠だった。
遠目に繁田を睨みつけると、満身創痍で、脚は後遺症が残りそうなほど砕かれているというのに、うっすらと笑いを浮かべている。
――――お前は、もう、おしまい。
口角を釣り上げた口が形作る言葉を見て、風に飛ばされていくように思考がバラバラになってわけがわからなくなった。
喜蝶はサッと辺りを見回し、繁田を引き摺り込んだ小屋から飛び出す。
外は夜気に満ちて静かで清浄だ。
喜蝶は急いでそれを肺に取り込もうとして口を開いたが、それ以上息を吸うことができなかった。
「――――お前か」
ざり と音が聞こえたのは正面だったが、周りを漂うフェロモンのせいではっきりとした位置がわからず、喜蝶は上ずるような息を吸い込みつつ後ろへと下がる。
背中に当たるのは廃屋の傷んだ柱で、喜蝶にぶつかられてギシギシと盛大に震えて見せた。
それが立てるギィギィという甲高い音が、まるでこの先の未来を知っている魔女の嘲笑のようだった。
ザリザリと地面を踏みつけながら出てきた人物に、喜蝶は思わず「時宝威臣」だと思った。
けれど思わず目を引いたほくろがその整いすぎた顔にはついておらず、そのせいで酷く人形めいた嘘くさい顔になっていた。
喜蝶は……「時、宝……正臣?」と胸の中でつぶやく。
口に出すには正臣から放たれる威嚇フェロモンがキツすぎて、口が痺れて上手く動かなかった。
「次は自分だって繁田が言いやがるからよ」
そう言いつつ、正臣は視線を廃屋に倒れている繁田に向ける。
繁田は喜びの歓声をあげ、そいつをやっちゃってください! と囃し立てていた。
真正面に立つ正臣の瞳は昏かった。
前髪の加減で光が入りにくい……だけでなく、その丸い玉に映る世界すべてが暗い空気に沈んでいるようだった。
「お前、誰?」
喜蝶は今夜は繁田を襲う予定で、それ以外は予定になかったから……と逃げる道を探そうと視線を動かし、愕然とする。
――――自分は、今、撤退しようとした。
薫を犯した犯人であり、薫の正常な人生を取り上げ、今もなお薫の命を脅かしている男を目の前にして……逃げようとした。
「っ!」
喜蝶は自分の思考が受け入れられず、一瞬体と脳の動きがバグった。
それは、正臣の前では見せてはならない隙でもあった。
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