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君に捧げる千の花束 49
「あ」と思った瞬間には喜蝶の体は吹っ飛び、古びてたわんだ廃墟の壁へと叩きつけられる。
「なんだ、雑魚じゃん」
正臣は長い足を空中で止め、不思議そうに首を傾げた。
光のささない深淵のような瞳は喜蝶を見ても何か感情を動かすことはない。
まともな人間には見えなかったが、だからといって人をレイプするような情熱がある人間にも見えなかった。
「 ぅ、――っ」
かろうじてバットを握っていた手の力が抜けて、がらん! と割れ鐘のようなけたたましい音が辺りに響く。
耳を覆いたくなるような神経を逆撫でする音だったのに、それよりも正臣が近づいてくる靴音の方が大きく聞こえたし心を引っ掻くような音だった。
「あれか? どれかの復讐とかそんなの? あ、この間引っ掛けた3点のベータの女か?」
正臣は面倒そうに顔を顰め、嘲笑を隠しもしない表情で喜蝶を見下ろした。
まるでそうすることが当然と言いたげに悠然と……人を見下ろすのが正しいのだと疑わない態度だった。
喜蝶は蹴り付けられた衝撃で気持ち悪さを訴える腹を抱え、ひっくり返りそうになる胃を抑え込みながら体を起こそうとし……
「ぅっ!」
躊躇のない蹴りに飛ばされて、再び壁へと激突する。
傷んで柔らかくなっていたのが幸いしたのか、喜蝶はふらつきはするがひどい状態ではなかった。
「あ、いや。それともその前の9点オメガかな。あいつはモノが良かったから、こんなことを考える奴が出ても仕方ねぇな」
「ああ、それとも……」そう呟き、正臣はまた幾つかの心当たりをぶつぶつと口に出す。
喜蝶は砂でざらつき、木の棘が肌を傷つけるのを感じながら、正臣を怒りを込めて見上げる。
その口から出てくる犠牲者の数、名前を呼ばれずバース性のみだけで判断されて、適当な数字を振られて……この男にとって、被害者たちはその程度の存在でしかなかったのか と、そう思うと喜蝶はブルリと体を震わせた。
「お前っ…………お前が! 人の人生をどれだけ潰してきたかっ!」
叫んだ言葉と共に赤い血が飛び散る。
傷ついた唇からこぼれたモノだったけれど、その様子はまるで心の血を吐き出しているようだった。
「 あ? 潰れた? 人のせいにするんじゃねぇよ。お前の彼女もお前の両親も、みーんなやってることを俺たちとしたってだけの話だろう?」
「普通は! お前たちとなんかしない! 誰彼構わず手を出すようなケモノたちとはしない! 自分の犯罪を棚に上げて何言 っ」
顔をスレスレに振り上げられた足に、言葉が途切れる。
威嚇フェロモンの影響で今にも伏せてしまいそうな体を奮い起こし、喜蝶は正臣を睨み上げた。
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