161 / 189
君に捧げる千の花束 51
伏せられた両目には正臣と同じく光がなかった。
けれど正臣とは違い、視線が動くと悲しげな揺らぎを見せる。
「奏朝さ……ん?」
好きのないスリーピースのスーツはこの廃墟の中では異質だったが、この空間での唯一の良心のようでもあった。
「……正臣、真相なんてそんなくだらないモノなんだよ。君が優れたアルファだからじゃない、君が上手く立ち回ったからじゃない。すべて時宝のおかげだ」
儚い笑みは呆れ返っているようでいて憐んでいるような……
先ほどまでの態度を潜め、正臣は奏朝を睨みつけて唇を引き結んだままだ。その表情は怒気を孕んでおり、抑えきれずに漏れ出したフェロモンはゾッとするほど重苦しい。
喜蝶はまるで喉元にナイフを突きつけられたようは気配に、唾を飲み込むことすらできずに壁を支えに立ち続ける。
「時宝が君を守っているから、誰も君を咎めなかった。ただそれだけだ」
奏朝はひどくつまらなかった映画の感想を言うような口調で呟くと、正臣の威嚇フェロモンを蹴散らすように真っ直ぐに喜蝶の方へとやってくる。
光の加減か、奏朝の瞳は再び真っ暗な闇のようだった。
「立てますか?」
手を伸ばされて始めて、喜蝶は壁に縋るようにして膝をついていることに気づく。
ふる……と太ももの筋肉が震え、自分の意思通りに動かない足がカクリと揺れる。
「ぇ……あ……」
「大丈夫です、手を貸しますからゆっくり立ち上がりましょう」
「…………」
伸ばされた手を素直にとっていいのかと迷った刹那、鋭い痛みが右手を襲い、体が弾き飛ばされる。
「いい加減にしろ!」
どこかざらりとした声は鼓膜をヤスリで撫でるような不愉快さがあった。
なのに奏朝は穏やかに口角をあげたまま、正臣ではなく喜蝶を真っ直ぐに見つめている。
「弟が乱暴をして申し訳ない。いちのにのさんっで引っ張るからね」
「おい! シカトすんな!」
正臣は怒りのままにますますフェロモンを濃くしていく。
αである喜蝶自身ですら呼吸が覚束なくなるほどの濃密な威嚇や怒りのフェロモンだった。
奏朝は眉を八の字にして振り返り、正臣を見上げて……何をするでもなかった。ただ、その暴力的なフェロモンに耐えるようにぎゅっと唇を噛み締めて真っ直ぐに顔を上げている。
「子供の癇癪だ」
「んだと⁉︎」
「君は罪もない人をこんなふうにして、どうしたいんだ?」
そう言うと、奏朝は正臣を無視して喜蝶を引っ張り上げる。
「俺じゃねぇ! 繁田をあんなふうにしたのはコイツで、後藤は っ」
サッと振り返った奏朝は指を一本、正臣の目の前に突きつけた。
ともだちにシェアしよう!

