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君に捧げる千の花束 57
「……ありがとう」
そう礼を言われても、話を進めたいだけの喜蝶は素直に受け取ることができない。
何も返さず、聞こえなかったふりをしてハンカチを巻こうとして……腕の上、服に隠れるようにさらに傷が続いているのに気づく。
「あんた、これ……」
複雑な生まれからの自傷だとばかり思っていただけに、喜蝶はその傷が強く掴まれてできた手の形のアザの上に付けられていることを知り、思わず手が止まる。
先ほど自分で傷をつけた以外は……縛られた痕のようだった。
「軽く結んでもらえれば、後でちゃんと手当してもらいますから」
そう言って視線を動かすと、廊下も向こうから医者らしき人物が歩いてくるのが見えた。
出された湿布薬を見つめていると、暗い廊下の向こうからバタバタとけたたましい足取りが響き、「オバケ出る! 絶対にいる!」と悲鳴に近い声が聞こえてくる。
「ギャーッ! そこ! そこそこそこ! なんか動いた! 黒くてにょろっとしねっちょりしてて絶対オバケだった!」
一人で随分と騒がしい……と思っているところへ、治療を終えた奏朝が診察室から顔を覗かせる。
「尊臣、夜中とはいえここは病院だよ。静かになさい」
「うぇっ! 朝にぃ!」
「大きな声を出さない」
「っ……ごめんなさぁい」
半べそで尊臣は奏朝に駆け寄ると、しゃくりあげながら「でもでもだって」と電気が消えて地獄に続いているように見える廊下を指差した。
宥められて、そこでやっと喜蝶のことを思い出したのか、辺りをささっと見回し、喜蝶を見つけると飛び付かんばかりの勢いで駆け寄ってくる。
「アゲハさんっ! ケガしたって聞いたんだ! 大丈夫?」
「だい……大丈夫……」
しどろもどろに答える。
実際、蹴られた箇所は内出血になっていたくらいで大したことはなかった。
内臓に損傷がー骨が折れてーなどを考えていた喜蝶には肩透かしを喰らったような気分だった。
だから、大丈夫かと尋ねられて大丈夫と答えたことに一抹の罪悪感が残り……
「尊臣さんこそ、朝から予定があったのに……」
「なんかね、それは無くなったんだって! アゲハさんに教えてあげようと思ったら、ちょうど朝兄から電話が来てさぁ」
尊臣は喜蝶が持っていた湿布に驚いて大きな声を上げつつ、隣に腰を下ろしてどこをケガしたのかと心配そうな顔をして覗き込んでくる。
「これ、尊臣。アゲハさんはケガをされて疲れているんだから、そんなグイグイいっちゃ駄目だよ」
「え……ちゃんと抑えてるよ!」
そう言いつつも尊臣の手は傷を探そうとして身体中を触り回っている。
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