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君に捧げる千の花束 58
「いや、抑えてないでしょ」
そう言って尊臣から逃げようとする喜蝶は、自分をじっと見ている奏朝の視線に気がついた。
先ほど、袖の下に隠されたあの凄惨な「痕」を見てしまっただけに……
「尊臣、それくらいにしておきなさい。アゲハさんが困っているだろう」
奏朝の落ち着いた声に、尊臣は唇を尖らせながらもようやく動きを止めた。
「だって、アゲハさんがそんな湿布なんて持ってるから……。本当にどこも折れてない? 変なアザとかになってない?」
「……うん、ただの打ち身だから。それより、予定がなくなったって言ってたけど」
話題を逸らすように問いかけると、尊臣はぱあっと明るい表情に戻った。
「そう! なんか相手の都合で急にバラしになってさ。だから今日は一日フリー! アゲハさんの看病、俺がつきっきりでやってあげようか?」
「いや、オレよりも婚約者さんに付き添ってあげるべきだろ。それに……明日は 」
サッと奏朝に視線を移す。
袖から覗く包帯を隠すように手首を押さえている様子を見てから、「奏朝さんに声をかけてもらっているから」と続けた。
「な、なんで? 朝兄と⁉︎」
なぜ と問いかけられて言葉が詰まる。
本来なら二人の間にあるのはせいぜい出会ったら挨拶する程度の関係だったからだ。
言葉を探す喜蝶を庇うように、奏朝はニコニコとした笑顔で近づいてくる。
「僕は秘書だけど、マネージャー業にも使えるテクニックもあるからね、それを伝授してあげようと思って。紹介してあげられる人脈もあるし」
「そういうもんなの?」
「うん、そうだよ。でもケガしてるからマンションまでは連れて帰ってあげてね」
そう言うと奏朝は尊臣の後ろから喜蝶に向けて、「明日」と声に出さずに口の形だけで伝えてきた。
寝返りを打つと痛む腹のせいでうまく寝れず、そのせいか喜蝶は考えをまとめきれないままに奏朝に会うことになった。
「……何か手立てを考えなきゃなんだけど」
だからと言って正臣に対抗する手段が他にあるわけではなかった。
あの男は情に訴えたからと言って薫のために病院に行ってくれるような性格はしていないだろう と、痛む腹をさすりながら思う。
だからと言ってあの本能に訴えかけるようなフェロモンを前に……引きずっていく未来は描けない。
味方ができることは本来なら歓迎するべきことなのに、両手をあげてそれに飛び付けないのは……
「アゲハさん、乗って」
運転席の窓を下ろして声をかけてくる奏朝が信用ならないからだ。
どこか影のあるように見えるほっそりとした、人畜無害そうなβだと言うのに……この男を利用して目標を達成しようと思えない何かがあった。
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