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君に捧げる千の花束 59

   それでも……何をするにも力の足りない自分には と、喜蝶は硬い表情のまま車に乗り込む。  本来ならば運転席の右側に腰を下ろし、隣の席でハンドルを握る奏朝を落ち着かな気に見遣る。 「運転、されるんですね」  喜蝶は、自分の偏見だとは理解していたが、それでも奏朝は運転手つきの車に乗ってくるのだとばかり思っていた。 「運転は好きなんだ。一人でぷらっと出かけたくなることもあるし……兄さんはこうはいかないけど、僕は比較的自由だよ」  そう言うと奏朝は淀みのない動きで左ハンドルの車を操作して出発する。  喜蝶は、本当なら乗ることもないままに断ってしまうべきなのだろうけれど……と、膝の上の拳を見つめた。    「あの、この間言っていたことなんですけど  」 「あはは、せっかちだな」  軽やかに返されて、神経を逆撫でされるような不快感に襲われる。  この目の前の男が正臣を捕まえたいと思っている熱量と、喜蝶があの男を捕まえたいと思っている熱量は圧倒的に違うのだと…… 「少し走ってからでもいいかな? 休みの日はまずドライブしてからカフェに行くんだ」 「…………」  喜蝶は返事をしなかった。  自分にその奏朝の言葉を拒否する力がないのがはっきりしていたからだ。  奏朝は今すぐあの話をする気はないようで、街中をするすると車を進んでいく。  昔も今も変わらない街中は、多少建物が変わったり店が入れ替わったりしてはいたけれど喜蝶の記憶の中と同じだった。  街中には薫とよく出かけた。  街中だけではなく、動物園や水族館などにも遊びに出掛けて…… 「 ……あちこち、記憶があるな」  小さな頃からずっと一緒にいて、喜蝶自身が家族で行動することがなかったから、出かけるのは薫とばかりだった。  だから…… 「――――――!」  本来なら運転席である右側の席から景色を眺めていた喜蝶ははっと肩を揺らし、勢いよく窓ガラスへと飛びつく。  街路樹が多くなってきた と思った瞬間、それが途切れて向こうが見えた。  ――――薫。 「かおる」  そこから病院の庭が見えた。  車椅子に乗せられて、膝掛けの上に手を置いて介護人と穏やかな表情で話をしている姿は、たとえ遠目でも薫だと、喜蝶は自信を持って言うことができる。  柔らかそうなクセのある髪と、白くてほっそりとした首。肩は……いや、肩だけでなく全てが喜蝶の記憶にあるよりもやつれてしまっていた。  元々華奢な印象ではあったけれど、病的なほどではない。 「……あんなに……」  痩せて……  走る車の中から見てもわかるほど憔悴したその体は、須玖里が喜蝶を訪ねざるを得なかったことを物語っていた。

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