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君に捧げる千の花束 60

 不本意な番。  いきなり襲われて無理やり頸を噛まれただけの相手だと言うのに、それでも……番となったαに捨てられたら衰弱する。  不条理で、理不尽で、無茶苦茶だと、遠のく薫に視線を残しながら、噛み締めた奥歯をギリギリと鳴らす。 「車を停めようか?」  そう尋ねられて、喜蝶は一瞬頷きそうになった。 「…………あんた、わざとここを通っただろう」  薫の病院がクロノベル系列であることは調べがついていた。  奏朝なら薫のスケジュールを把握することも可能だろう……と、喜蝶は冷ややかな目を向ける。 「薫の名前を出したことはなかったはずだ」  昨日の今日で、この男は薫のことを探し当てたのだと思うと、睨みつける目に力が籠る。 「君の交友関係が狭くて幸いだったよ」 「…………」 「あ、狭いばかりではなかったかな。でも調べれば簡単にわかる」  チラリと投げられた視線は喜蝶の耳に付けられているタグをひと撫でし、何事もなかったように前方へと向けられた。  喜蝶の耳に付けられた管理タグはさまざまな情報が組み込まれていて……その中にはもちろん、犯罪歴も入っている。  喜蝶が薫を強姦した記録も。 「…………」 「被害者の名前がわかれば、今どうしているのかを調べるのは簡単だからね」 「それで?」  鋭い口調にも奏朝は動じないまま、わずかに垂れた額の髪を優雅な動きで撫で付ける。 「彼の具合は、随分とよくないようだ」 「――――っ」  掴みかかりそうになったのを堪え、喜蝶は奏朝に倣うように真っ直ぐに前を向く。 「正臣の捕獲に協力してくれたら、彼の入院や治験に関して便宜を図ることも可能だよ」 「え?」 「彼は今、番解消の治験に参加している。それに入院に関しても……随分とご家族のご負担になっているようだ」 「…………」  それは、喜蝶が手に入れることのできない情報だった。   薫が苦しんでいる、薫が辛い思いをしている、そんなことばかりに気を取られていたが、その周りの家族が負う負担のことまでは考え付かなかった。  以前に会った薫の母親も、昔のような朗らかさはなくなっていた……と、喜蝶は思い出しながら陰鬱な気持ちになる。  須玖里もあの後、すぐに開店したばかりの店を畳んでいる。   「…………」   情緒が不安定な薫につきっきりとなると、今まで通りの収入という訳にはいかないだろう。  そこまでして、それでもあの憔悴した姿ということに、喜蝶は目で見た事実の衝撃に震えそうになる。 「……薫の入院、の、……負担を、どうにかできるんだな?」 「当然。瀬能先生の治験だけでなく、クロノベルからの最新の『番治療』の情報も提供できるよ」  

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