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君に捧げる千の花束 62

 飲み物に口をつける前に気付き、カメラにも気がついた。 「…………」  動画はループされ、再び飲み物に口をつけようとするシーンに戻る。 「……気づくのか」 「アルファがそうなのか、それとも正臣が特別なのか……異常に勘が良くてね」  カップの取っ手を撫でる指先は惑い、途方にくれた心情をそのまま伝えるようだった。 「だからって何でもかんでもってわけじゃ……」 「お手上げなんだ」  奏朝の手が携帯電話を掴んでいた喜蝶の手に重ねられる。  温かいものを飲んでいるのに冷たく感じる指先は、それだけ今のこのやりとりに緊張を感じているからだろう。  悠然としているようように見えて……奏朝の内心はこんな自分にも縋ろうとするほど追い詰められているのかもしれない と、喜蝶は手を払いながら考える。  疑問に思うことは力ずくで捕まえられないことだけではなかったけれど、それでも、目の前にいるのはずっと追いかけていた強姦魔に対する切り札に違いはなかった。 「こいつを捕まえた後、どうするんだ」 「今のところは軟禁予定だよ。でもきっと逃げ出すだろうから……「手足でも切り落としておくんだな」  間髪入れずに返された言葉に、奏朝は再び苦笑を漏らす。 「君は殺せって言うのかと思ってたよ」 「……こいつのフェロモンが必要なんだ。薫の体調を落ち着かせるために」  正臣のフェロモンを採取し続けるためには死なれては困る。  喜蝶は金属バットで殴り倒した瞬間の感触を思い出し、慌てて拳を握り直した。 「じゃあ、君は正臣を殺さないんだね」  言質を取るかのように繰り返すと、奏朝はホッと緊張を緩めたようだった。  奏朝の緊張の元が、自分が捕獲に参加することではなく、自分が正臣を殺すか殺さないかに対してだったことに気付き、喜蝶は唇を引き結ぶ。  手に負えない、時宝に不利になる前になんとかしたい、そんな言葉は出てきてはいたが、幾人も暴行して薫を死の淵に追いやった人間を目の前の男は守ろうともしているのだと、慎重に見定める目で睨んだ。 「……っ」  奏朝はその喜蝶の視線の意味に気づいたのか、身をすくめて病院で巻いた包帯の上から再び爪を立て始める。 「こんなことを言ってしまうと、君には信用ならない奴と思われるかもしれないのだけれど……正臣が生まれた時から傍にいたんだ。弟だし、可愛がってもいた。異母兄弟ではあるけれど、それなりに絆というか……情もあるんだ」  携帯電話を掴むと、奏朝は寂しそうに画面を見つめてから動画を消した。 「小さい頃からずっと遊んでいたし、ああ見えて、ずっと僕のことをお兄ちゃんって呼んで慕ってくれてたんだ」  昔を思い出す奏朝の口の端が緩く上がり、目は眩しそうに細められる。

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