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君に捧げる千の花束 67

「そんなことはしない」  はっきりと言い切った喜蝶に、奏朝の表情が曇る。  αとΩの間で交わされる運命の吸引力は何者にも引き剥がすことができず、二人は惹かれ合うのが当然だ。そう奏朝は信じて生きてきたし、世間の認知だってそうだ。  だから正臣は生まれることができたのだ と。 「アゲハさんだって、運命の相手を見つけたら態度が変わるよ。運命のために無実だって訴えを起こして身の潔白を証明しようとするはずだ」 「そんなことはしない」  同じ言葉を繰り返して、喜蝶は面倒そうに二人がいた密会場所の部屋のドアを開ける。 「そんなはずない!」 「してないんだから、それで証明になってるだろ」  そう言うと喜蝶はこの部屋に来た時と同じ手ぶらで部屋を出ていってしまった。  残された奏朝はテーブルの上にきちんと片付けられて袋に入れられた薫の写真に視線をやると、眉間にギュッと深い皺を寄せて忌々しそうに唇を歪める。 「そんなことない。アルファは運命のオメガが見つかれば、そちらしか見なくなるんだ」  低い呟きと手首を掻きむしる音は、狭いホテルの部屋の静寂を破るには十分すぎる大きさだった。   「――――はい。そうです、いつものを同じところに。よろしくお願いします」  ホテルから出た喜蝶はそう言って通話を切る。  脳裏には、四角い紙の上で微笑んでいた薫の姿がちらついていた。  あの何枚もの写真を……持って帰りたくなかったわけじゃなかった。むしろすべてのデータを寄越せ、もっとないのかと取り乱しそうになったと言うのが本心だ。  けれど、それは薫が望まないだろう。 「薫は、オレに忘れて欲しいんだろうな」  だから、謝りたかった。  加害者でもなければ、家族でもない、婚約者でもない自分は蚊帳の外になり……そのまま薫のすべてから関係がなくなって、忘れて平穏に暮らして欲しい。  薫の身に起こったすべてのことから遠のいて、自分自身のことを忘れて、幸せになって欲しい と。 「そう思ってるんだろうな」  そう呟いて、喜蝶はタバコを取り出して咥える。  奏朝は威臣の秘書で、仕事柄αに多く接するせいでαのニオイがこびりついていて不快だった。  おかけで口の中が苦味で満たされて……とはいえそれも、こうしてタバコを吸えば霞のように消えていく。 「あーあ。写真……一枚くらい、くすねておけばよかったかな」  撮影した人間の腕がいいのか、それともカメラの性能がいいのか、写真の中の薫を見つめていると、まつ毛や産毛まではっきりと見ることができた。  

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