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君に捧げる千の花束 68
小さな頃から、ずっと見てきた横顔は幼い日から変わっていない。
「あーあ。やっぱり、 」
どれだけ経っても薫は胸のど真ん中にいるのだと再確認して、喜蝶は苦笑を溢した。
「フェロモンってのは、つまりニオイだ」
そう奏朝に説明した瞬間のことを思い出しながら、手に馴染んできた金属バットを握り直す。
「まずはフェロモンをどうにかすれば、目の前で動けなくなるってことはなくなる」
製薬会社の御曹司にそう告げると、奏朝は馬鹿にするでも怒るでもなく神妙に頷いて返す。
喜蝶は自分の胸ポケットからタバコの箱を取り出すと、奏朝に向けて押し出すようにしてテーブルの上に置いた。
「申し訳ないけれど、喫煙の習慣はなくて……」
「違う。これを試してみて欲しいだけだ。少し我慢してくれ」
そう言うと喜蝶はひたりと奏朝を睨みつける。
本来ならば睨みつける必要なんてなかったが、喜蝶なりに隠すのに面倒くさくなった心情をぶつけるためだった。
奏朝はβだ。
αとΩはフェロモンに敏感で、βは個人差がある。そして今、自分が話そうとしていることの証明をするためには、奏朝にフェロモンをしっかりと感じてもらう必要があった。
人形のような瞳が真っ直ぐに奏朝を射抜く。
それだけで奏朝はそわりとした気持ちになっていたのに、その瞳にじわじわと嫌悪の感情が乗り始めた途端、自覚しないままに全身から汗を吹き出した。
「――っ」
真っ直ぐに睨み合っていたのに、喜蝶の目が見ていられずに奏朝はソファーの上でにじるように体をずらす。
「っ……アゲハさん、っ……ゃ 」
呼吸が苦しくなったのか、ネクタイを掻き毟るようにして乱して奏朝はクシャリと顔を歪めて耳を抑えてうずくまってしまった。
「君のフェロモンはキツすぎる!」
「もう少し我慢しろ」
「……っ ぅ、あ……」
先ほどまでゆったりとソファーに腰掛けていた奏朝の体が傾ぎ、息ができないのか口をぱくぱくと開けては青い顔をして崩れ落ちる。
ソファーの上で華奢な体が動かなくなったのを見て、喜蝶はゆっくりとタバコを咥えて火をつけた。
蛍が棲みついたように小さな灯りを見せるタバコをソファーの上でうずくまっている奏朝の口へと押し込んだ。
恐怖にぶるぶると震えながら啜り泣く奏朝は、最初は抵抗したが二度目に喜蝶がタバコを押し込んだ際には抵抗はしなかった。
「吸って、吐け」と短い命令に、奏朝は操られるようにゆっくりと肺を膨らませ……そして盛大に咳き込む。
「――――――っ! っ、ぐ、ゲホッ」
咳の反動で跳ねる体を冷ややかに見下ろし、喜蝶は口から落ちたタバコを拾って深く肺に吸い込んだ。
「気づいたか?」
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