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君に捧げる千の花束 71
「アゲハさん?」
奏朝の声音はあくまでもきょとんとしている。
喜蝶の腕の中から逃げられないように囚われていることに対して、あくまでも意味がわかっていないのだと表現していた。
「いくら知り合いでもパーソナルスペースを無視するのはいただけないな」
細い手で喜蝶の腕を除けようとして……叶わないことに気づく。
自身よりも大きく体格のいいαなのだと再認識した表情で、奏朝はまつ毛をふるりと震わせて首を振る。
「何か相談があるなら聞くからテーブルの方に行こう」
「…………」
「 っ」
そこでやっと奏朝は顔色を変え、喜蝶が自分を見下ろす硬質な視線の意味が誤魔化しの効かないものだと理解させられたようだった。
たくましい腕の中、目に見えず、匂いとして存在しないはずなのに喜蝶のフェロモンで息が詰まる。
奏朝は息を吸い込もうとしてできず、喉がひゅう……と頼りなく心細げな音を立てるのを聞いた。
「僕 は、 」
ちり と頸を駆ける衝撃に奏朝は反射的に飛び上がり、手首を押さえる。
物理的に何かされたわけではなかったけれど、この瞬間、奏朝は確かに喜蝶に何かをされたと感じていた。
指先に触れた皮膚から異様に早くなった脈がわかる。
体の末端からは血の気が引いて冷たいのに、胴の中は煮えたぎるような熱い血が駆け巡っていて……
「 っ、これ、誘惑……フェロモン?」
意識しないうちに呼吸が早く短くなっていく。
じわりと肌から滲むように汗が吹き出して……それが、奏朝からセクシュアルな香りを立ち上らせる。αによって強制的に引き摺り出された高揚は、顔を赤く染めさせて目を潤ませた。
「っ……君、は……僕をどうにかしたいのか?」
「これでいい」
「え?」
喜蝶は先程までの様子が幻だったかのように、奏朝から身を離すとかけらも興味もない様子で背を向けてしまう。
壁を支えにして立っていた奏朝だったが、喜蝶から放り出された途端に膝が震えて立ってられず、ずるずると崩れるようにしてその場にうずくまる。
押さえた胸の中では、自分の意に反していまだに心臓が大きな音を立てて動いている感触がして、自分の体が喜蝶のコナかけにどれほど反応してしまっていたかを突きつける。
「 っ、君はっ学校でバースハラスメントについて学ばなかったのか?」
床から喜蝶を見上げ、肩をぶるぶると震わせる奏朝は詰問するような声音で喜蝶に言い放つ。
今の時勢として、フェロモンを垂れ流すのは立派なマナー違反であり、ハラスメント行為だ。
フェロモンと言う証拠の残りにくい、目に見えないものが原因の迷惑行為は、今の時代に生きているのならば注意して然るべき事柄だった。
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