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君に捧げる千の花束 72

「はは。まずは自分の兄弟にそれを言うべきだな」  皮肉げに口の端を歪める喜蝶はもう先ほどのような雰囲気はなかった。  奏朝はまだゾワゾワと毛が逆立つような頸をさすりながら、喜蝶の真意を問いただすように睨みつけるばかりだった。  婚約者の家にいくのだと言う尊臣を見送り、喜蝶は肩から下げた大きなボストンバッグを担ぎ直す。 「今からって……元気だな」  二日がかりの地方ロケで、早朝から動き通しだった。  元々体力があると思っていたが、常に喋りはしゃぎしてなお今から婚約者に会いにいく体力があるがあることに、喜蝶は少なからず驚いていた。 「職業柄なのか、精力的だからできるのか、それとも    」  尊臣が去っていった方向をぼんやりと眺めて呟くと、喜蝶はボストンバッグを抱え直して後ろを振り返る。  そこは鬱蒼と茂った森で、街灯らしい街灯もない暗い林だった。間隔を考えられて植えられていない……もしくは、昔はもっと木々の距離があって清潔感のある木立だったのかもしれない。  けれど、樹木の成長と管理の行き届かなさから、そこは公園と言うよりも入れば命さえも取られかねない魔窟のようだった。  昼ですら躊躇うほどの薄暗さだと言うのに、曇り空の夜中では隣を歩く人間の顔も見ることができないような暗さだ。  普通なら、避ける。  片側に車線の太い道路を挟んで向こうは街灯もあり、光も溢れている。  常識人ならば、防犯も兼ねて歩くのはそちらだったが……喜蝶は背を向けて林の方へと歩き出した。  高校の頃に薫と歩いたこともあるそこは、その当時よりも葉が生い茂って陰鬱な雰囲気が増している。  昼まであれば、中にある遊歩道は多少は明るくて散歩をする人間もいたが…… 「   ――――っ!」  それは、わかったと言うよりも本能の警告だ。  喜蝶は咄嗟に前に飛び、頭を抱えるようにしてうずくまる。その後ろを……ひゅ と風を切る音が追いかけるように響いた 「あーあ。失敗した」  まるで、金魚掬いに失敗してしまったかのような、呆気ない声。  失敗しても心に留めるほど傷ついていないのが丸わかりの声音だった。  喜蝶は空を裂くように繰り出された足技を目の端に捉えながら、ひくりと口の端が歪むのを感じた。  ――――時宝正臣。  奇襲のためか黒ずくめの服装は顔以外露出はない。  自分が繁田達を襲った時と似たような姿をしているのを見て、喜蝶はちょっとおかしい気持ちになる。 「まぁいいいや。お前、そのままな?」  ごつい指輪をはめた人差し指が真っ直ぐに喜蝶を指差し、「もう死刑執行台に登っているのだ」とでも言いたげに正臣は告げた。

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