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君に捧げる千の花束 73

「なんだ、もっと頭に血が昇ってると思ってたのに」  呻きながら立ち上がり、喜蝶は目の前の男が思いの外冷静に自分を襲撃しようとしていたことに顔をしかめた。  闇に溶けるような真っ黒な服に手袋、わざわざ人気のない場所まで待つ余裕まである。  喜蝶の中では、怒り狂った牛のように突っかかってくると思ったけれど…… 「……自分のメスを取られた割に、落ち着いてんな」  嘲笑う声に、正臣は軽く眉間に皺を寄せる。 「つまり、お前で間違えないんだな?」  短く尋ねると、正臣はゆっくりと唇の端を引き上げていく。それは笑みと言うよりも喰らいつくために口を開いたようだった。  暗い闇の中に真珠のように真白の歯が並び、その奥から内臓の色をした舌が覗く。 「奏朝にマーキングしたの? もちろん、オレで間違いない」  そう言ってくすりと笑った姿を見た正臣は、真っ直ぐに喜蝶を見つめる目を暗い炎にゆらりと揺らす。 「あの細い首を引っ掴んで、机に押し付けてそのまま犯した。もっとガバガバかと思ってたけど、あんたの……意外と小物なんだな」  揺れていた瞳の中に燃え上がるような怒りが現れる。  その瞬間、空気の質が変わったのが喜蝶にはわかった。  吐き出したくなるほどの口内の痛み。それは過ぎた苦味が与える刺激だ。  正臣が放つ威嚇フェロモンにあてられて、喜蝶はよろけるようにして後ずさる。  優性の強いαだと思ってはいたが、真正面から攻撃的なフェロモンをぶつけられて、喜蝶は崩れ落ちそうだった。 「っ  、くっ」  喜蝶はボストンバッグの中からビニール袋を引き摺り出すと、力一杯引き裂きながら中に入っていた灰を正臣に向けてぶちまける。  視界が遮られるほどの量の灰。  それらが巻き上がり、二人の間に煙幕として立ち上る。 「は? 忍者にでもなったつもりか   っ」  ふわりと動く空気に揺らいで鼻に届いたそれに、正臣は眉間の皺を深くした。 「んだ、これ……」  体をのけぞらせて鼻を鳴らすようにして臭いを嗅ぎ……正臣は愕然とした表情で辺りを見回すと、最後に真正面の喜蝶へと視線をやろうとして…… 「 ――――っ!」  舞い上がる肺の中から銀色の軌跡が急襲する。  咄嗟のことに飛びのこうとした正臣よりも、その金属の棒の方が長かった。 「っ  クソが! くたばれ!」  振り抜かれた金属バットに重い手応えが響く。けれど、骨をとらえたと言うにはあまりにも軽い。  喜蝶は最後まで振り抜かず、すぐに構え直して正臣に向けて腕を振り上げた。  このまま振り下ろせば、少なくとも最初の時のように蹴り付けてくるような元気は残らないだろうと、渾身の一撃だった。      

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