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君に捧げる千の花束 74
振り下ろされた銀色の質量が、空気を切り裂く鋭い音を立てる。
しかし、正臣の反応は喜蝶の予想を僅かに上回っていた。
「……ははっ! なめるな!」
正臣は灰が舞う視界の端で金属バットの軌道を辛うじて見切る。完全に避けることは叶わなかったが、自らの左腕を犠牲にするように差し込んで打撃の芯を外す。
鈍い打撃音が響き、正臣の呻き声がそれを追いかけるように上がった。
「 っ! くそっ」
バットが振り抜かれる瞬間の隙を突き、正臣は灰の煙を突き破って喜蝶の懐へと踏み込む。
「っ……⁉︎」
喜蝶の視界に、正臣の冷徹な、それでいて狂気に満ちた瞳が迫る。
正臣は負傷した左腕を構わず使って喜蝶の胸倉を掴んで強引に引き寄せた、そのまま鍛え上げられた右拳を喜蝶の腹部へと叩き込む。
「ぅ、あ……!」
内臓を直接揺さぶられるような衝撃に喜蝶の呼吸が途切れ、手からバットが滑り落ちる。
金属バットがアスファルトの上で跳ね上がり、甲高い音を立てて転がった。
「はは……よっわ」
「うるせぇ、寝取られ男の遠吠えはくすぐったくて仕方ねぇな」
「――――っ! 奏朝に触れたその手……まずは、それを壊してやるよ」
正臣の声は先ほどまでの怒声とは打って変わって静かだった。それがかえって奏朝への……兄への底知れない執着を際立たせる。
喜蝶は苦痛に顔を歪めながらも、膝を突きそうになる身体を無理やり支えて正臣の顎を目掛けて頭突きを見舞った。
ゴツッ と鈍い音が響き、互いの視界が火花を散らす。
「ぐっ……あは、いいぜ。そうでなくっちゃ、壊し甲斐がない。ボコボコに殴り倒したら、あいつらにしたみたいにそのバットで潰してやる」
獰猛な表情で鼻血を拭いもしない正臣が、獲物を屠る獣の表情で笑う。
名残の灰がゆっくりと地面に落ちていき、二人の世界に再び闇が忍び込んでくる。そんな中で二人の影が激しく交差した瞬間、拳が肉を打つ音、荒い呼吸、そして周囲の空気を歪ませるほどの剥き出しのフェロモンが弾けた。
喜蝶もまた、なりふり構わず正臣の喉元へ指を掛け、力任せに押し返した。
「ハッ、そんなに……奏朝が大事かよ。あいつ、オレに抱かれてる時、あんたのことなんて一度も……」
挑発の言葉を吐き終える前に、正臣の回し蹴りが喜蝶の脇腹を捉えた。
吹き飛ぶようにして花壇に背中を打ちつけた喜蝶は、肺から空気を無理やり搾り出された衝撃に抗えずに地面へと崩れ落ちる。
「口も聞けなくなったか」
そう言うと正臣は転がっている金属バットを拾い上げ、最初は左腕で振ろうとしたが、右に持ち替えて大きく振り回す。
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