187 / 191

君に捧げる千の花束 77

 その先は闇だ。    暗い公園の木々しかない光景に、正臣の表情が揺らぐ。  正臣が見せた一瞬の隙をついて喜蝶はボストンバッグを投げつけた。けれど不自然な体勢で投げたそれは大した衝撃を与えることもできず、へばりつくようにして地面に落ちる。   「……奏朝に、それを言ったのか。お前が」    正臣の声から先ほどまでの傲慢な響きが消え、代わりに混じったのは湿り気を帯びたどろりとした殺意だ。  金属バットを握る指が白くなるほど力が入り、みしりと嫌な音を立てる。  わずかでも正臣と距離を取ろうと喜蝶はよろけるようにして立ち上がって後ずさった。  二人の距離は開いたと言うのに、喜蝶の口内に刺すような刺激が走って…… 「  っ」 「出鱈目吹き込みやがって……ぶち殺してやる」 「……出鱈目? ふざけんなよっ! そうだったらどれだけ良かったかっ!」  それが自分の妄言だったら と、喜蝶は食いしばるようにして叫ぶ。  そうすれば薫はレイプされていないし、頸を噛まれることもない。そして今頃は須玖里と健やかな家庭を持てていたはずだ と。 「お前が薫の人生を駄目にした! お前が薫の生活を壊した! お前が全部! 薫の幸せを奪ったんだ!」  空気を裂くような叫び声が鼓膜を震わせる。  目の前の男の凶行を糾弾する声はひび割れ、夜の静寂を崩すに相応しい怨念を含んでいた。 「    は。どの、『かおる』だ? あれか? 公園のか? それとも車でヤッた奴か?」  問いかける声は低く絞り出され、金属バットが地面をする音にかき消されそうなほどだ。 「お前……っ」 「クソみたいなベータのことなんか知るかっ!」  正臣が獣のような咆哮を上げ、なりふり構わずバットを振り下ろした。  しかしその一撃は精密さを欠いて大振りだ。喜蝶は地面を転がってそれを回避すると、砕けた備品の中から剥き出しになった鋭利な破片を掴み取った。  プラスチックの箱が割れてできたそれは金属バットから見れば頼りなく……けれど、喜蝶はそれに縋るしかできない。 「あーっ! クソだクソ! クソクソっ! 繁田共も使えやしねぇ! わけわかんねぇベータがどうした? 番? は? 中に出そうが首を噛もうが役に立たねぇのがベータだろうが!」  叫び声と共に放たれた威嚇フェロモンは強烈で、タバコの灰が舞っている最中だと言うのに喜蝶の呼吸を詰まらせるのに十分だった。  制御を失ったような威嚇フェロモンは暴風のように周囲を圧迫し、喜蝶は意識が飛びそうになるほどの悪寒に襲われながらも、懐に飛び込んできた正臣の喉元へ、掴んだ破片を突き立てるべく腕を振り上げる。  

ともだちにシェアしよう!