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君に捧げる千の花束 78
喜蝶が振り上げた破片の先が正臣の喉元をかすめ、皮膚が裂け、細い血の線が闇に浮かび上がった。だが正臣は怯むどころか、その痛みにさらに狂気を増大させて吐き気を催すほどの鋭いフェロモンを放つ。
「っ……」
「……あ、はっ! 痛ぇな、クソが!」
正臣の哄笑が響く中、喜蝶は呼吸を乱しながら喉の奥に溜まった血混じりの唾液と共に怨嗟を吐き出した。
「役に立たねぇ……? お前っ人をなんだと思ってんだ……! 薫にどれほど平穏で幸せで、光の中で過ごせる未来があったか知らないくせに!」
喜蝶の脳裏にはかつて見た薫の、春の日差しのような穏やかな笑顔が浮かんでいた。
それが今や、正臣に刻まれた番の痕によって、見るも無惨に蝕まれて……痩せ細り、いつも前向きだったと言うのに、自分の死を見つめてその段取りを立てようとまでしている。
「お前が遊び半分で噛みちぎったその頸のせいで……! 薫は今、生きた屍みたいになってるっ! 捨てられた番の苦しみにのたうち回って、どうしようもない寂しさに晒されて……ただ死を待つだけの毎日だ!」
正臣はバットを杖のように突き、喜蝶を嘲笑う。
「知るかよ。捨てられたのが辛いなら、あいつが俺に泣いて縋れば良かっただろ? アルファに選ばれたことを光栄に思えってんだ…………あ、いや、ベータとか言ったな」
「光栄……? ふざけるなッ!!」
喜蝶の叫びは、もはや悲鳴に近かった。
「ベータのくせに首を噛むなと言ったから噛んでやった奴がいた。そんな意味のないことを拒否する姿が面白くてな……あぁ! 大学のあそこでヤッた奴か、三人がかりで指を剥がして、犯しながら頸を噛んでやったよ! ハハハハハ! ベータのくせに頸を噛まれて絶望しているのが面白おかしかったが……ふ、ハハハハハ! そりゃ必死に首を守るな?」
正臣の笑いは高らかに闇に消えていく。
「そーか。あいつが俺の番か、ウケるな! ハハハハハ」
「っ!! あいつの隣にはあいつを心から愛してるまともな男がいたんだ! 二人で歩むはずだった未来も、積み上げてきた幸せも、お前っていう『害獣』が全部食い散らかしたんだよ! 番破棄がどれだけ相手の体を壊すか、お前は考えたこともないのか⁉︎ 今この瞬間も、薫は悲しみにくれて心細さに萎れそうになっているんだぞ!」
喜蝶は震える足で一歩踏み出し、手にした破片を正臣の顔面へと突きつける。
「お前にとっては数いる『玩具』の一人かもしれない……でも、俺にとっては、命をかけても守りたかった、たった一人の大切な……っ! その薫を、お前はただの肉の塊みたいに捨てやがった!」
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