216 / 219
ちいさな(※主観)智くんと、オレのプライド防衛戦 19
「……広い、よな?」
「家族が多いんで。そのせいなんです……ここです、どうぞ」
智が足を止めたのは、廊下の突き当たりにある重厚な飴色の扉の前だった。
扉が開かれると、そこには想像していた通りの広々とした空間が広がっていた。けれど、足を踏み入れた瞬間になんとも言えない違和感がある。
「……随分、さっぱりしてるんだな」
部屋の中を見渡す。
艶のある黒い色のデスク、機能性を重視した無機質なスチールラック。壁には海外の山岳写真が数枚飾られているだけで、無駄な装飾は一切ない。
黒を基調としたモデルルームのように整った部屋……だけれども。
うん、それで確信した。
大事なものがない。
「……ですよね。適当に座ってください。今、お茶を持ってきてもらうんで」
智はどこか落ち着かない様子でオレを大きな革張りのソファに促すと、逃げるように部屋を出ていこうとした。
オレはソファに深く腰掛けて、無作法だろうけどキョロキョロと辺りを舐めるように見る。
これもマナー違反だってわかっているけど、すん と鼻を鳴らすようにして部屋の中の匂いを嗅ぐ。
αとしての本能が、この空間を解析し始めた。
……しないのだ。
いつも智の側に行けばふわっと漂う、清潔な柑橘類のような爽やかで、陽だまりのように微かな甘いフェロモンが。
代わりに漂っているのは、長い間主が不在であることを物語るわずかな埃の臭いと、微かに残る「知らない男」のもっと鋭くて硬い気配。
本能を逆撫でするような……これは、他のαのものだ。
「……智。待て」
ドアノブに手をかけた智の背中に声を投げると、びくっと大きな肩が跳ねた。
「な、なんですか?」
「お前、ここ、自分の部屋じゃないだろ」
振り向いた智の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
あっという間に耳の先端まで染め、智は嘘の吐けない表情で狼狽えながらオレを見下ろした。
「そ、そんな、なんでわか……あ、いや、そんなこと……僕の、部屋です。ちょっと掃除して、模様替えしたから雰囲気が違うだけで……」
「嘘つけ。お前の匂いが全くしねぇぞ」
オレは立ち上がって智の元へ歩み寄った。
見上げる視線の先、智は泳ぎまくる視線を必死になんとかしようとしている。
「ゲーセンで取ったぬいぐるみ、ベッドに置いて寝てるって言ってたのにないってことは、捨てたのか?」
「え⁉︎」
「おんなじキャラのクッションもないってことは、飽きて捨てちまったってことか……あんなに喜んでくれてたのに……」
智がクレーンゲーム機の中のぬいぐるみを見て目を輝かせるから、学生にはちょっと痛い出費をしつつなんとか取った景品を、智は大事にすると泣きながら喜んでいた。
ともだちにシェアしよう!

