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ちいさな(※主観)智くんと、オレのプライド防衛戦 30
「……っ」
ぞわりと火に触れた時のような寒気が駆け上がってくる。
「りゅ 龍成さん?」
三年間、過酷な環境で戦い抜き、ようやく手にした智を幸せにするための自信。それが、たった数秒の彼の沈黙と視線の揺らぎだけで、音を立てて崩れ去っていく。
智は世界一綺麗で愛くるしいΩ。
周りの男たちが放っておくはずがない! オレよりも背が高くて、オレよりも家柄が良くて、オレよりもスマートに彼をエスコートできるαなんて、この国には腐るほどいる。
一度芽生えた疑惑は、猛毒のようにオレの思考を侵食していく。
「後で」なんて言葉は、別れ話を切り出すための心の準備に決まっている。お祝いの食事なんて、最後のはなむけのつもりなんだろう。
智の父親に高笑いされている気がする。
それ見たことか、遠距離恋愛であっさりと捨てられてしまうようなみっともないαが……と暗に言われているようで……
「…………智」
掠れた声で名前を呼ぶ。
オレを見上げる智の肩がびくりと跳ねた。
智からすれば、今のオレは「ジャングル帰りの薄汚れたα」に過ぎないのかもしれない。新入社員なのに大きなプロジェクトを成功させたとか、世界を股にかけて働くとか、そんなプライドは智を失う恐怖の前では何の役にも立たなかった。
「……龍成さん、あの、本当に、まずはパパの……話を……そうしたら、逃げられないから 」
ぽそりと呟いた言葉を、オレは気に留めなかった。
そんなことよりも智の心を自分に繋ぎ直すってことの方が大事だったから。
「嫌だ‼︎」
気づけば、オレは智の逞しい腰にしがみついていた。
三年前よりも良質な筋肉がついた体を、力任せに抱きしめる。
「龍成、さん……っ⁉︎ ちょっと、みんな見てま……」
「見られてもいい! 海に沈められてもいい!! お願いだ、智……捨てないでくれ……っ‼︎」
バルンガ族領「ズァ=カイ」で通訳してくれたン=ザイロくんが言ってた! 捨てられそうになったらとりあえず垂れ流せるものをすべて垂れ流して、縋り付いて「この人にはついててやらなきゃ可哀想すぎる」って思わせたら勝ちだ と。
ン=ザイロくんはそうやって八股した挙句の破局危機を乗り越えて、八人の奥さんをもらって十四人の子宝に恵まれていたから間違いはないはず!
ここで垂れ流したら尊厳に関わるようなモノも垂れ流すかと覚悟を決めたところで、うるうると涙を湛えた智の瞳と視線がぶつかる。
「な、なんで僕が……龍成さんを捨てられるんですか……っぼ、僕 の、方が……」
ぶる と智の方が震えて、しがみついたオレの顔に滴が落ちた。
熱く頬を濡らしていくそれは、どんな慈雨にも負けない尊いものだった。
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