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Aria of Echoes 2
そんな理由をつけなくとも、そりが合わない ですべて丸く収まる話だと、再びあくびを噛み殺す。
「したがって、この種の家庭において安定した関係を構築するためには、社会制度的な介入、例えば居住空間の分離、抑制剤の使用、教育的調整など、個体レベルでの自己制御が不可欠であると考えられる」
今まで散々言われてきた事柄だった。
親子であっても、αとαは相性が悪い。
わざわざ飾りまくった堅苦しい言葉を使わなくとも、αならば肌で感じて知っていることだ。
凪は教科書とペンケースをカバンに放り込むと、白板に文字を書き始めた教授に背を向ける。
最後列の扉に近い場所ということもあり、講義から抜け出すのは簡単だ。なんの意味があって作られたのかわからない講堂周りの池を越え、凪が向かうのは芸術学部の学部棟だ。
小高い丘の上にあるだけに、吹き抜ける風だけは文句なしの気持ちよさで、凪は清涼な空気を肺いっぱいに吸い込み、一歩踏み出した。
芝生の緑と白い壁、そしてオレンジ色の瓦屋根が明るく清潔感を醸し出しているが、中に入るとその雰囲気は一変する。
廊下には所狭しとナニかが詰め込まれた段ボールが積み上げられ、その合間から異臭が漂う。いや、異臭というのは正しくはなくて、正確にはテレピン油を主とした溶剤や乾燥促進剤やワニスなどの臭いが混ざったものだ。
顔を顰めるものも多いが、少なくともこの学科の人間でこれを嫌がる人間はいないだろう。
むしろ落ち着く香りとも言えるそれに導かれるように、凪は慣れた足取りで荷物を避けながら棟の奥へと歩いていく。
シャワー室を越えて見えてくる二階への階段、そこを進んでいくと外階段に出ることになり、講堂からここまで歩いてきた道が見えた。
「……つまんねぇ講義聞いてる間があんなら、オレは一枚でも絵を描くね」
ふん と世界を斜に見たような視線で講堂をひと睨みして、凪は自分に割り当てられた美術教室へと入っていった。
芸術学科の人間でも本来なら受けねばならない基礎授業である「第二次性別社会学」があるため、教室は閑散としていて普段は誰かしらいて筆を動かしているというのに、人の気配は微塵もしない。
まるで、遠足の日の朝のようだ と凪は小さく笑いながら自分のキャンバスの前へと向かう。
ひと抱えほどもある大きなキャンバスは五十号……ひと抱えほどの広さを持つものだ。凪はもっと大きなキャンバスに描きたかったが、学科内展示に向けての作品ではこれが許される最大の大きさだった。
そのキャンバスに……今は何も描かれていない。
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