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Aria of Echoes 3

 無実を証明するような真っ白というわけではなく、何かから惑うように揺れる線が薄く幾本も引かれ、形を作ることなく力尽きていた。  その前に立ち……凪はため息を吐いて腰を下ろした。 「オレは、描かなきゃ なのに  」  描くものすべてで賞をとり、優秀な成績を収めて卒業しなくてはならない。  その強迫観念にも似た思考に突き動かされて、凪は長く芯を削り出した奇妙な鉛筆を持ち上げて構え…………そして、何もできないまま手を下ろす。  これをスランプというのかは凪にはわからなかった。初めての経験であり、どうしたらいいのかわからず、途方に暮れる迷子のような気分になってしまうのは……絵を描き始めてから初めてのことだ。  体の内側から突き動かされるように、描きたくて描きたくて仕方がなかった。  何を描いていても楽しいし、描きながらもっと描きたいと渇望するほどだった。  一心不乱に腕を動かし続ける凪がこの大学の教授の目に留まり、特別に四年生の授業を受けさせてもらえるようになったのは最近のことだ。  本来ならば、まだ新入生である一年生たちと共に彫刻を目の前に置いてデッサンを繰り返す日々でなくてはならない。けれど、凪の才能を深く見込んだ教授が特別に四年生の授業を受けるようにと言いつけだのだった。  大学側と随分と揉めたらしいが、教授の一人が特に強く後押ししてくれたために実現した。 「描いて……親父を見返して……」  自分を認めさせて、芸術なんて腹の足しにもならない下らないものだ と言い放った鼻っ柱を、へし折らなくてはならないのに と、凪は焦燥に駆られながら唇を噛む。   「 ――――――ねぇ、ちょっとお尋ねしてもいいかい」   人のいないがらんとした教室は、入り口から投げかけられた声を響かせるには十分だった。  凪がサッとそちらを向くと、逆光に照らされて細身の人間が開いたままになっていたドアから中を覗き込んでいる。 「ここ、四年生の教室だよね? じゃあ、担当の住江先生はどこにいらっしゃるかわかる?」  静かな声は途切れることのない流水のようだった。 「住江先生ならゼミ室に……」  案内しようとして鉛筆を置き、踏み出した時に凪は目の前の男の首にネックガードが嵌められていることに気がついた。  Ωだ と思い、少し距離のある位置で止まる。 「先生に何のご用でしょうか?」 「ぅん? あぁ、僕、卒業生なんだけど、特別講義を受け持たないかって話をされてね。恩師の手前、電話で断るわけにもいかないだろう? だからきた。先生のゼミ室はお変わりない?」  

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