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Aria of Echoes 5
「…………」
お互いの視線が絡まって、息が詰まった気がして凪は口をパクパクと開く。
息が詰まったのではなくて、息を忘れてしまうような衝撃だったのだとわかったのは、溜息のように大きな息を吐き出すことができた時だった。
「こりゃ驚いた。イケメンだね」
そのどこまでが本心なのか悟らせないような軽口でいうと、男は首を反対側に倒して凪を別の角度から眺める。
「ふん、ふん、……君、アルファだろ?」
口調はまるで、いたずらをした子供を揶揄うような雰囲気だった。
「僕、オメガなんだけど」
「…………」
そんなもの、見ればわかるのに……と凪は思いつつ、男がネックガードを指先にかけて引っ張るから、何の抵抗もなくそこに鼻を近づける。
漂ってくるのは、学校の前の坂道を登ってきたから流れた汗の匂いと、それから絡みつくような甘くみずみずしいライチに似た柔らかな香り、それらが鼻腔を満たす。
「…………」
「…………」
本来なら、初対面の、名前も知らない相手にする行為じゃなかった。
けれど自然と身を寄せ合って、ネックガードをずらして凪にフェロモンを嗅がせる。
言葉らしい言葉なんて交わしていないのに、二人にとってはそれがとても自然なことに思えたし、二人の間で絡み合って踊るように消えていくフェロモンに対して、好感しか覚えなかった。
しゃ しゃ と鉛筆を走らせる音が軽快に響く。
「一ノ瀬、描き始めたんだな。出さないんだと思ってたよ」
そう言って後ろを過ぎ去っていく四年生に舌打ちしたいのをグッと堪えて目の前の線一本に集中する。
脳裏に繰り返し刻んだ肩から腰の曲線を指先に伝えて、それを忠実に再現して……
「 っ」
服がかさぶたに引っかかり、ちくりとした痛みが走る。
「ったく、好きなだけ引っ掻きやがって」
悪態を吐きながらも凪の表情は穏やかで、口の端は緩やかに笑みを刻んでいた。
背中からは服が傷に擦れて常に痛みが起こっていたが、それもどこか子猫が戯れつくようなくすぐったさがある。
「――――ねぇ、顔は描かないって言わなかった?」
後ろから伸びてきた人差し指が頬をつつく。
遠慮なくぐりぐりと頬を押す手をとり、凪は苦笑を交えながら振り返った。
「汐音 」
「はぁーい」
振り返った凪の頬にウェーブのかかった柔らかな髪が触れ、くすぐってから流れ落ちていく。それと同時に凪の肩にゆっくりと体重がかかる。
長くしなやかな腕が首に絡みつき、甘くみずみずしいフェロモンがふわりと漂う。
「でも約束破るナギが悪いんだ」
年相応ではない拗ねたような口調は砕けて、二人の間の親密さを示す。
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