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Aria of Echoes 10
擦られすぎて腫れぼったい唇は敏感なのか、汐音は身をすくめるとくすぐったそうに体を捩った。
「も……勝手に触りすぎ」
「勝手に触るも何も、昨日今日で汐音の体で触ってないとこなんて……」
そう言った瞬間、凪は唯一、自分が触れていない箇所を思い出して目をやる。
細い首にしがみついたネックガード。
その下は、触れていない。
「ちょっと、目が怖いよ」
Ωは基本、自分の頸に注がれる視線には敏感だ。ましてや凪は獲物を狙うかのような視線を投げているだけに、ぞわりとしたものを汐音に感じさせる。
「別に、今日噛ませろとは言わない」
「っ! ……な、何言ってんの」
「とはいえ、童貞を持っていった責任はとってもらわないとな」
「んっ⁉︎」
ピザを飲み込もうとした汐音がグッと喉を詰まらせて咳き込む。ゲホゲホと繰り返し咳き込んでは喉に詰まったものを取り除こうと必死だ。
「大丈夫か?」
「そんなのっ……っ、っ、ぅ、そ、んなの……」
ぶるりと体を震わし、汐音は色素の薄い金色に見える瞳を動かす。
凪の広い肩幅と分厚い胸板を撫でるように眺め、しっかりと割れた腹筋の隆起を確認しながらさらに視線を下げて……
「そんな……最高じゃないか……」
ごくりと喉仏を動かした汐音は、空腹だと言った自分の言葉を忘れたようだった。
とんでもない出会いだったと、凪はキャンバスに向かいながら何度も思い出しては苦笑する。
けれど、あれ以外の出会い方を想像しても何も考え付かなかった。
何度二人の出会いをシュミレートしても、きっとその場で押しただろう と。
「それで? 今日はどっちの家に帰る?」
「……オレの部屋」
「りょうかーい」
「先に帰ってて、キリがいいところまで進めてから帰る」
そういう凪は目の前のキャンバスから視線を外さない。
汐音はちょっとその行動に拗ねたような表情を浮かべてから、凪の視線を独り占めしているキャンバスの中の自分へと嫉妬の目を向ける。
美しい曲線。
滲み出す清涼さ。
神聖ささえみせるそれは、裸体だというのに禁欲的だ。
「君は僕を聖母か何かだと勘違いしてるんじゃない?」
「勘違いはしてないな」
青い絵の具のついた指先がとん と腹をつつき、キャンバスに夢中だった凪の視線がゆっくりと汐音を見る。
「早く聖母になってくれ」
「ほ……ホント、君は何言ってんの!」
汐音はささっと周りを見渡して誰もいないことを確認してから、ほっと胸を撫で下ろす。
「変な噂が立ったら、講義の時に気まずいんだけど!」
「夏休みの特別講義だろ? その時までには皆忘れるか、もしくは公認の中になってるさ」
「〜〜っ! もう! 僕は打ち合わせも終わったし、先に帰ってるからね」
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