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Aria of Echoes 13

   凪が美術部に入ったのは、美術室が作品展のための制作で遅くまで使えるというだけの理由だった。  特に絵が描けるわけでもない。  授業で習った範囲でならできるが、自ら進んで筆を取ろうとは思わない、凪と芸術はそんな距離感だった。街が夜に飲み込まれていくのを待つ間、補導をされずに時間を潰せる大義名分が必要なだけで、興味らしい興味もない。  毎日熱心に部活に参加しているように見せかけては、真っ白なキャンバスの前にじっと座り続ける。  そして街が夜の支配を受けてひんやりとした空気に変わるころ、やっと家路に着くのが凪の一日だった。  夜遅くなってから帰れば、母と弟、もしかしたら父もいるかもしれないが、それらの参加する夕食が終わっているのだ。凪はそれを待って家に入り、弟がテレビを見ている音を聞きながら足早に二階の自分の部屋へと駆け込む。  腹が減るが、それでも母と弟に会うよりはマシだった。  母は、暴力を振るってくるわけではなかったけれど、凪からの問いには全て無視で返す人だった。無視は無視で貫き通せばいいいだろうに、凪が何も言わなくなると今度は遠くからぶつりぶつりと何かを言い始めた。  聞き取れないわけじゃないけれど、はっきりとは聞こえない音量。  聞こえているが聞こえず、気にしないようにしても聞こえ続ける怨嗟の言葉は、拷問じゃないかと思わせるに十分なものだった。  弟は、母親の奇行を見ているからだろう、凪を蔑んでいい対象なのだと認識してしまったようだった。  直接的な殴る蹴る、暴言、凪の持ち物への破壊行動、陰湿なありもしない噂の流布など、質の悪いことばかりをしてくるようになった。  原因ははっきりとしていた。  春生まれの凪。  夏生まれの潮。  かろうじて学年は一つ違うが、二人の誕生日は四ヶ月も変わらなかった。  つまりどちらがか母の子ではないということだ。それを確認する必要はなく、執拗なほどの凪へと折檻や潮への甘やかしを見ていればどちらが母の子であるのかは一目瞭然だった。  父は、そのことについて何も言わない。  元々業務報告のような会話以外はしたことがなく、凪自身が置かれている苦境や母から受けている精神的苦痛に対して興味がないようだった。  父親の目の向く先は弟でも母でもなく、会社だったからだ。  まともではない家庭内に居場所を見つけることができなかった凪は美術室で時間を潰すことを見つけたけれど、もう一つ、あるものを見つけることとなった。 「金……金の王子、銀の王様、銅の騎士?」  流石に真っ白なキャンバスを見つめ続けるのに飽きた日のことだった。

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