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Aria of Echoes 29
凪は飛び上がるように立つと、びっくりしている汐音の前にサッと正座する。
「でも! これからは敬語を使わせていただきますっ!」
「ええ⁉︎」
「今まで失礼なことを言って、申し訳ございませんでした! これからは心を入れ替えてMANOTO先生に尽くします!」
「ヤァダァー!」
素っ頓狂な声をあげて汐音は凪にしがみつくとベンチに引きずり倒す。
初夏とはいえ西日で温められたベンチはじんわりとなぶるように熱かった。
汐音は押し倒した凪の上に乗っかりながら、柔らかな茶色い髪を指先でくるくると巻きながら、「そんな遠い関係でいいの?」と拗ねた小さい声で尋ねる。
凪は、久しぶりに感じる汐音の香りと重みと熱に……敬愛すべき相手に向かって大きく顔を歪めることになった。
夕飯は汐音の初講義の日だったために手巻き寿司になった。
大きな皿にたっぷり盛られた新鮮な刺身と甘い酢の香りを漂わせる酢飯、軽く炙って香りを立てておいた海苔と、なかなかに豪勢だ。
「手巻き! って、自分で?」
「? そりゃそうだろ」
そういうと凪は手巻き用の海苔に酢飯と刺身を置いてくるりと巻きつける。
子供でもできる簡単な料理だが、ちょっとしたお祝いに最適だ。
目の前で手本を見せて……凪は汐音がこれで一人で巻けるようになると思っていたのだが、
「ねぇ、巻けないんだけど」
おにぎりのように膨れ上がった海苔からは、包みきれなかった米と具がボロボロと溢れている。
「なんでそんなに入れたんだよ」
「僕は数が食べれないから……でも色々食べたいでしょ? だから一個にしたの」
まるで小さな子供のような発想だ……と笑いながら、凪は自分が巻いたサラダ巻きを汐音の前に差し出す。
「一口齧ったら残せ、あとでオレが食べるから。な?」
「……ん。なんか子供扱いされてる」
「あんたの一番いいように考えてんだよ」
凪は不貞腐れるようにして言うと、手早く幾つか巻いて汐音の前に置いた。
「わ! いただきます!」
「待て待て! 袖口!」
凪は、今にも巻き寿司に触れてしまいそうなカーディガンの袖口を巻き上げる。
「人の服を着てるんだから汚すなよ。てか、なんでオレの服着てんだよ」
「彼シャツ? って、嬉しくない?」
「シャツじゃないし」
「じゃあ、彼パンツ」
「パンツ⁉︎ まさか下着まで⁉︎」
凪の勢いに汐音は大慌てで首を振った。
「なんか最近、洗濯物の数がおかしいと思ってたら……下着まで……」
「ちが……パンツは……」
「パンツは?」
「シャツを少々……」
恥ずかしさに消えたいとでも言うように、汐音は膝を引き寄せて大きなカーディガンの中に入れてしまう。そうすると鉄壁の防御に守られているんだとばかりに、襟も引っ張って頭も隠してしまおうとする。
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