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Aria of Echoes 57
「凪……」
汐音は辛抱強く背中を撫で続け、時折あがる泣き声に頷きながら柔らかなあいづちを打つ。
しっとり濡れ続ける肩の感触に、汐音はそっと目を閉じた。
ホテルの部屋にたどり着いた途端、凪は服を脱ぐ前にベッドへと倒れ込む。朝は皺ひとつなかったスーツが、皺を刻んで凪のくたびれを言葉以上に雄弁に物語る。
「凪、おかえり」
「違う。なぁくんって呼んで」
拗ねた子供のような言葉に汐音は笑いそうになったけれど、凪の様子のおかしさに気づき、傍に腰を下ろしてゆっくりと髪を梳いた。
痩せた……と言うよりは窶れた横顔を見て、汐音は労わるように撫でていく。
「なぁくん、お疲れ様」
「…………うん」
「何かあった?」
そう汐音は尋ねてみるが、凪の父親と叔母の葬儀以降、毎日が激動のようにさまざまなことが起こっていた。汐音は今日の話し合いは相続に関係する話だったはず……と、どこまで口を挟んでいいのかを思案する。
詳しく根掘り葉掘り聞いたわけではなかったが、汐音は凪の実家がそれなりの資産と会社をいくつか持ち、その関係から安易に相続することも放棄することもできないとは教えられていた。
自分には別世界の話だ……と、どこか遠い目をして汐音は凪の少し硬めの髪を撫でる。
どこか懐かしい感触を思い起こさる髪質に苦笑しながら、自分の好みの偏りを実感しつつ凪の背中に身を寄せた。
「僕が聞いていいこと? それとも、よしよしだけする?」
うつ伏せた凪はそこまで尋ねてやっと、少しだけ顔をずらして視線を汐音に寄越す。
「……泣いた?」
「…………」
凪は否定しようとしたのかも知れなかったが、赤くなった目の縁を誤魔化すことはできなかった。汐音は「保冷剤もらってくる?」と細やかに尋ねかけるが……凪は首を振るだけだった。
「よしよししながら話を聞いてくれ」
「……うん、いいよ。でも先にシャワー浴びておいで」
小さな子供のようだ と笑うこともせず、汐音は辛抱強く凪に言い、皺だらけのシーツを脱がせてバスルームへと押しやることに成功した。
「……君のお父さんは、まだまだ子供だねぇ」
ベッドの上に脱ぎ散らかされた服をひとつひとつ拾いながら、汐音はくにりと腹の中で存在を主張する小さな生き物に声をかける。
少し前から胎動を感じるようになったことを、汐音は凪にまだ言えていなかった。
葬式から続く初七日や相続、親戚たちとのやりとりをこなしている凪は毎日とても疲れ切っていて、自分以外のことに気を割くことなんてできない状態だったからだ。
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