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Aria of Echoes 64

 あまりにも過ぎた感情に、母は熱でも出ているかのように全身を震わせながら弁護士に詰め寄る。 「この子は! 父親が誰ともしれない赤の他人なんですよ⁉︎ 義妹が分別もつけずにホイホイとついていって孕んだ子なんです!」 「ですが、その事実だけで相続権が失われることはありません。出生届が受理され、長年にわたり法律上の親子関係が維持されてきました。それを前提にご主人は会社を経営し、ご家族として生活を送ってこられました」    母は唇を震わせる。 「納得できないわ……」 「お気持ちと法律は別です」  弁護士は穏やかな口調のまま続けた。   「法定相続分は配偶者である奥様が二分の一、凪さんと弟さんがお二人で残り二分の一を等分します。また、会社の株式や事業用資産についても遺産分割協議の対象であり、お二人だけで処分したり、凪さんを除外して協議を成立させたりすることはできません」 「そんなもの、判子を押さなければいいだけでしょう!」 「それでも解決はいたしません。協議がまとまらなければ、最終的には家庭裁判所で遺産分割調停、必要に応じて審判へ進むことになります」  弁護士は静かに書類を閉じた。 「私は皆様が裁判になることを望んでおりません。しかし、凪さんを相続人ではないものとして扱うことは、法律上できません」    母も弟も言葉を失った。  それでも二人の視線だけは、まるで不愉快極まりない異物を見るように凪へ向けられている。凪はその視線を受け止めることもせず、棚に飾られた「三人家族」の写真に目をやった。  不和の元凶になる自分を、父親が何を思って引き取ったのか……  自分自身さえいなければ完璧な家庭だっただろうに と、昂り過ぎた感情に涙を流す母親とそれを慰める弟を眺める。 「落ち着かれるまではしばしの間、休憩にしてはいかがでしょうか?」  母親のあまりの取り乱しように、弁護士はそう助け舟を出す。  凪はそれに効果があるのかどうなのか甚だ疑問ではあったが、お互いに時間が必要なことはよくわかっていた。 「どうにか……どうにかならないんですか?」 「公正証書遺言が残されていれば……ご主人のような立場だと、用意されている場合が多いのですが……」  縋りつかれて、弁護士はなんともいえない苦笑をこぼしながら困り果てている。 「…………遺言………………」 「公証役場ではなく、自筆証書遺言の可能性も   っ」  弁護士の言葉を聞いた途端、母は弾かれたように飛び上がって階段へ向けて駆け出す。  上品なスリッパが弾け飛び、四つん這いで階段を駆け上がるドタドタとけたたましい音が後に残される。

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