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Aria of Echoes 66

 ここだけぽっかりと落とし穴のようだ。  下手に触れば堕ちるのではないかと、凪は唇を湿らせながら……それでも抗いきれずに手を伸ばす。  息子がいくら賞を取ろうとも、美術なんてくだらないと切り捨てて作品や道具全てを燃やしてしまうほどだった父親。凪は、そんな父の書斎にある、繰り返し触れられたのだとわかるその本へと手を伸ばした。  これがだけが、美術書。  何を持ってこんな異質なものを置いたのか、聞ける本人はもうおらず、凪は何も知らないまま背表紙に指をかけた。  ————パサ  母親たちが騒いでいるというのに、床に落ちた封筒の音は飛び上がりそうなくらいに大きい。  凪はやってしまったことを誤魔化そうとして上手くない笑みを浮かべようとしたが、母親にはそんなものはどうでもいいようだった。  四つん這いで階段を駆け上がった時のように、凪に向けて一直線に飛びかかってくる。  気迫だけで……凪は押し負けて勢いのままに後ろの本棚に強かに背中をぶつける。 「っ……」  胸の痛みに一瞬呼吸方法を忘れ、凪は本棚に縫い付けられる小動物のようだった。  蛇を宿らせた執念の瞳がねめつけるように睨み……凪の腕から本を掻っ攫っていく。 「あっ」 「あった! ここです! 先生、ほら! ありました!」  母親は女学生のようにはしゃいだ声を上げると、弁護士の制止を振り切ってリビングへと駆け降りていく。後に残された凪は……他人のものとしか思えない部屋へ独り、取り残されていた。 「っ……」  よろよろと立ち上がるが、右足はどうやら捻挫しているようだった。  この足でどれだけ歩けるかわからなかったが、両手は使える。  咄嗟に本棚に手をついた時、その扉が横にスライドした。 「………………は?」  本棚の板が腰骨を押し、痛みを訴えていたが凪はそれどころじゃなかった。  ぶつかった瞬間、確かに本棚が扉のようにわずかにスライドしたのだった。小さな振動がして、この本がぎっしりと詰まった本棚がゆっくりと動き出す。 「なんっ……これは、隠し……扉?」  映画の中でしか見たことのないものだった。  重そうだった本棚がゆっくりと動き、その背中に隠していた秘宝を見せようとしている。 「セーフルームとかいうやつか?」  凪は、遺言書を持って駆け降りていった母親たちを追いかけねばならなかったが、今はそんなことよりの目の前の本棚の方が大ごとだった。  凪は隙間からサッと溢れてきたαの……いや、知っているαの匂いに、凪は自然と身構える。  記憶に残っている父親のフェロモンはどこかよそよそしく、凪を拒絶するようだ。

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