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Aria of Echoes 67

 幼い時から、それらしい親子の触れ合いは皆無だった。父親の凪への態度は幼い頃から一貫して変わらず、義務的な会話以外は喧嘩らしい喧嘩をすることもないほどだった。  凪自身も幼い時には父に構ってもらおうとあれやこれやしてみたが、その全ては徒労に終わり、結局二人の関係は同じ家に住んでいる者同士以上のものにはならなかった。  高校大学と離れて……幼い頃からの蟠りも乗り越えられたかと思ったけれど、それでも父のフェロモンを感じると苛立ちが戻ってくるのだと、凪は唇を噛む。  指先が隙間に入るにつれて、ふと嗅ぎ慣れた臭いが鼻先をくすぐる。 「…………っ」  この家で嗅ぐとは思っていなかった香り。 「なんでだ? ……なんだ?」  指先に感じる微かな空気の流れ、そこに乗って漂ってくるのはテレピン油を主とした溶剤や乾燥促進剤やワニスなどの臭いが混ざったもの。  嵐が吹き抜けるような胸騒ぎに、指先をさらに押し進めようとして……階下で聞こえてきたけたたましい音に我に返る。  やめてください と弁護士の必死の声が響き、その後に金切り声が続いて響く。あの弟では母親を止めることができないんだろうと、凪は一度だけ本棚の隙間を振り返ってから一階へと駆け降りた。 「おやめください! 遺言書を破棄すれば、相続欠格事由に該当する可能性があります!」 「こんなもの遺言書なんかじゃないわ! 違う! そう! そうだ! あの子が隠し持っていた偽物よ! 先生だってあの子がわざとらしく落としたと頃を見ましたでしょう⁉︎」 「いえ……私は……」  そう言いながら弁護士は凪が見つけた封筒を胸に抱えるようにして後ずさっていく。  二人で揉み合ったらしく、整えられていた弁護士の髪も母の髪も乱れて酷い有様だった。  案の定、弟は空気のように二人と離れたところで怯えて身を小さくしている。 「そんなに取り乱してみっともないと思わないんですか?」  凪はため息を吐いてから、二人の間に飛び込むと冷たい声で母親に向かって言い放つ。  プライドの高い母がそう言われて、それでも騒ぎ立てるはずはないと思っての行為だったが、予想に反して母親はさらに甲高い金切り声をあげて凪に飛びかかってきた。 「あんた! 何をしたのよ!」 「   っ⁉︎」  整えられ、先端まで隙なく色の塗られた爪が凪の頬を掻く。  ミシリと爪と肉の離れる音が耳元で響く頃には、細い体のどこにそんな力があるのかと思わせる勢いで床へと投げ飛ばされてしまっていた。 「あんたが! こんなことをさせたんでしょ!」  馬乗りになってくる母親の形相は、冷ややかながらも体裁を保って美しかったものではなく、裂けそうなほど口を開いて憤怒に皺を寄せた鬼のようなものだった。

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