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Aria of Echoes 70
「救急車呼ぶぞ」
「うぅん……少し、手を握ってて 」
冷たく冷えているのにしっとりと汗ばんだ感触の手を握り、凪は縋り付く汐音へ焦った目を向ける。
繰り返し本を読み、医師からも説明をしてもらい、親子教室にも参加して……けれど、この瞬間に凪ができたことは息を詰めてほんのわずかの変化も逃さないように見守るだけだった。
「……っ、も、大丈夫……」
ゆっくりと長く息を吐き出しながら、汐音は体を弛緩させる。
「ホ、ホントに⁉︎ 今からでも救急車……っ」
「もう、治ったから」
そう言うも、汐音の手はいまだに体温が戻っていないし汗でぐっしょりだ。凪は先ほど興奮させてしまったせいだろうと、唇を引き結んで項垂れた。
それでなくともΩは早産をする、だからこの時期は時に安心できる場所で過ごすべきだと、凪は息を整えようとする汐音の姿に思う。
仕事のことにしても住まいのことにしても、自分に合わせるために汐音は随分無理をしていると凪は感じていた。
汐音は、離れるのを極端に嫌う。
付き合っていた時の、絵が優先といった雰囲気はなりを顰め、行き先を告げない外出や急なスケジュール変更での外出を酷く嫌がるようになった。
ホテル住まいにはありえないほど持ち込んだ衣服も、そのほとんどが汐音が巣を作るための材料だ。
「なぁくんがこうしてくれてたら、大丈夫だから」
そういうと汐音は凪の膝の上に乗り、ぴたりと体を引っ付かせる。
凪は汐音の、分離不安と言ってもいい様子を見せる姿の原因を問いただせないでいた。いや、正確にはわかっていたけれど汐音の口から聞く勇気を持てないでいた。
けれど、そのことを見て見ぬふりすることも限界だと感じてはいて……
「…………汐音。オレが家を継ぐのは嫌か?」
「 っ! ぁ、……ぃや、じゃ、な 」
否定しつつも、言葉以外の全てが雄弁に否定を語る。
「それは……クソ野郎のせい?」
「ク……?」
「クソでいいだろ?」
「…………」
「わかった。クズだ、クズ。クズ野郎が消えたのは、今回みたいな相続が原因か?」
クズ、クズと連呼されて、汐音はポカンとした表情をした。まるで今までその言葉に行きつかず、思いつきもしなかったとでも言いたげに、「ぷっ」と小さく噴き出す。
「うん……家を継ぐんだって…………」
汐音は過去に言われた極々簡潔な「家を継ぐ。もう会わない」の短い別れの言葉を思い出し、苦しげに眉間に皺を寄せた。
どれだけ年数を重ねても怒りは湧いてこず、ただただ静かに流れ続けるのは悲しみばかりだった。
「つまり、そのクズは宝よりも家をとったってことか」
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