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Aria of Echoes 72

「オレが相続してソッコーで売り払ってってしたら一番金が入るのかもだけど……そんなことしたらゴタゴタして、汐音の傍にゆっくりいられないし、あの人たちの性格を考えたら早々に手切れ金で話が着くと思う。ちゃんと間には弁護士に入ってもらうように頼んできたし」 「…………大丈夫? なぁくんに危険はない?」 「全然!」 「…………なぁくんが辛い思いをするのもやだ」 「縁が切れたらさ、もう関わることもないから、幸せな気持ちになれると思う」  汐音はさらに言葉を募ろうとしたけれど、凪のどこがスッキリしたような表情にこれ以上は何も言えず、おとなしくこくりと頷いて返した。 「ちょっと! 勝手に歩き回らないでちょうだい!」  階下から叫ばれ、凪はかつて母親と呼んでいた人物の方へと振り返る。  ほんの数日の間に、かつての面影を無くしてしまった母は打ち捨てられたおもちゃの人形のように見えた。細さを増した手足に落ち窪んだ両目、それらに顔色の悪さと浮かべる表情が加わり、悪質なホラー映画に出てきてもおかしくない様子になっていた。 「ここは、オレの家でもありますよ」 「とっくに出ていって、寄り付かなかったくせに!」 「だからと言って、オレがこの家を歩いてはダメという法律はありません」  凪は今日の話し合いに際し、事前に弁護士に家を歩き回っていいのか、故人の書斎に入っても大丈夫なのかを確認していた。遺産分割もあるので、価値のあるものを持ち出そうとすれば話は変わってくるだろうけれど、凪は金目のものを漁りにきたのではなかった。  それに………… 「どうせ金目のものはあんたたちがとっくに隠してるじゃないか」  冷ややかに言ってやると、母の顔色が悪くなり、背後にいた弁護士がどういうことですかと身を乗り出してくる。  しどろもどろに返答している母を置いて二階の奥の書斎に入って辺りを見回すと、棚の一角に時計を納める台だけが静かに横たわっていた。本来ならそこに幾つかの腕時計があったはずだが…… 「金になりそうなものは回収済みか」    前回、母が散らかしたデスクの上にあった高そうな万年筆も消えているところを見ると、それもなくなったか……? 窓際に置かれていたブロンズ像も消えている。日焼け後の残る天板を指でさすりながら、あの日に触れたヴァロワの美術論の本を探す。 「あった」  扉の向こうで母と弁護士が言い争っているのを聞きながら、その本を引き抜き…………かちんと音が響くまで息を詰めて待つ。  本棚と本棚の間に隙間が現れ、凪はそれに指先を滑り込ませて力を入れる。

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