318 / 333

Aria of Echoes 76

 妙に語尾の伸びた言葉が、懸命に弁護士の介入を待ち望んでいた。  これが贋作ではなく本物だとしたら、なかなかいい値段にはなるのだろう と、凪は母親の肩越しにそれを見る。  絵を描くからと絵画の値段に精通しているわけではない。  実際のところ、それが幾らになるのは凪はどうでもよかった。そのどこか陰鬱な雰囲気の絵を好ましくは思わなかったから、例えそれが真作だったとしても飾ることはないだろうと目を細める。  その行動が物欲しげに見えたのか、母親はますます強固に捲し立てていく。 「これの真の価値を知らない貴方にはわからないでしょうけれど、これは出すところに出せば     」  鼻白んだ気分で叫ぶ母親を眺めながら、父親がどうしてリビングにこの「光が閉じ込められてしまった」ような絵を飾ったのか理解する。  家族が団欒を過ごすには不釣り合いな……そこだけぽっかりと音を吸い込むかのような静謐さを湛えたそれは、決して温かいと表現できる絵ではなかった。 「ではしょうがないですね。このまま相続することにします」 「ちょ……そんな話にはなってないでしょう⁉︎」 「でも、父の財産を相続すればこれも自動的に手に入るんで」 「こ、この絵は……私が買ったのよっ! だから相続には関係ないわ! 手を出さないでちょうだい!」  ひんやりとしそうなほど冷たい視線の弁護士に気づかないのか、母親は天啓を得たとばかりに自分のものだと繰り返し始める。 「それでは購入時の記録を調べてみましょう、相続財産に該当するかどうかは、主張ではなく客観的な資料で判断されますので」 「そん……」 「それじゃ、二人が事前に隠した時計とかも購入の記録を見つけられたら取り返すことができるんですね?」 「ええ」 「あれはっ……あ、あれは………………」  萎れていく肩を震わせ、母親は小さく体を縮めていく。  まるでくたびれた風船のようなその姿に、凪は小さく笑った。 「どうします? 全部洗い直して財産を全てオレが相続するのと、今ここでこの家の絵を全て渡して縁が切れるのと」  冷ややかに微笑みながら見下ろすと、顔色を悪くした母親がぶるぶると震え出す。  小銭をケチろうとして結局全てを失いそうになっているのだから、その姿は滑稽すぎた。 「オレはやれるだけやりあってもかまいませんよ? 遺言がある以上、貴方たちには一銭も手に入らないんですよ?」 「…………っ、な、んで……あの人は、貴方なんかに……っ」  食いしばった歯の間から漏れる言葉は呪いの文言のようだ。  凪はそれに対して「血のつながった息子だから」という言葉を告げそうになって慌てて飲むこむ。

ともだちにシェアしよう!