342 / 354

雪虫6 19

 そうしてもらわないと、オレはきっとここでずっと何もできずに瀬能の帰りを待ち続けただろう。  とんとんと柔らかく背中を叩くように押されて、オレはとぼとぼと歩き出す。  研究所の中はいつも通り真っ白な壁と廊下が続き、特徴のないドアがところどころに現れる。  直線で行けば数分もかからない雪虫の部屋へと向かうには、左に曲がったり右に曲がったり、何度か階段を使わなければならなかったりと工程が必要だった。 「…………」    慣れて、考えなくなっていたけれど、これも動線の分離といったセキュリティのためなんだと思い出す。  ここが、保護されたΩたちの砦なんだということを、いつの間にか考えなくなっていたことに……恥ずかしさを感じながら、彷徨うように進んでいく。  毎日さまざまな箇所が工事で通行止めになる研究所だったが、それでも迷わず雪虫の部屋まで辿り着けるほどに知り尽くした場所なのに、今日はぐるぐると同じ場所を巡っているような気分になって、いつまでも辿り着かない。 「直江さんは……」  仕事に忠実な人だ。いや、仕事というよりは大神に忠実で……何度考え直しても、直江が大神のデータを持ち出したということが理解できなかった。  大神から言われたからだろうってことはわかってはいたけれど、オレたちの面倒も見てくれて、仕事で接しなければならないという範囲の中で、直江は頼れる兄貴位置の姿勢で接してくれていたのをオレは知っている。  相手によって絶妙に言葉や態度、雰囲気を変えながら……でも、本気でオレや雪虫のことを心配してくれてたってのも、嘘じゃない。 「  と、思う」  オレは、フェロモンの臭いに敏感で、ある程度の感情の機微だってそれでわかるから……慢心していたんだろうか……?  部屋に入った途端、飛びついてこようとした雪虫を押し留めて「着替えさせて」と告げる。  会いにきた途端拒絶されたからか、雪虫はハッとしたように瞳を揺らして……何事か読み取ろうとしている表情をした。 「さっき、床に転がっちゃったから」 「ゆか? どうして?」  土下座したとは言えず、曖昧に笑って誤魔化そうとして……けれど、雪虫は少し寂しそうにこくりと頷き返してくれる。 「……そとに出ちゃダメなのと、かんけいある? ない?」 「ある……かな」  なんと説明すればいいのかと迷い、真っ直ぐにオレを見る青い瞳には何も隠せないのだと観念して項垂れた。  オレがやろうとしたことはやろうとしたことで、それがなければ直江は何もしなかったのかもしれないし、そうなっていたら今日は雪虫と中庭に出れていたはずだ。  

ともだちにシェアしよう!