351 / 355

雪虫6 28

「当分は忙しくなるよ。とれる時にカロリーとって、倒れないようにしてね」  追加で二個三個と盛るように置いて行かれて…… 「そ  」 「君は僕の助手で、この研究所の人間だよね?」  手からこぼれ落ちた菓子がぽとんと足元に落ちて転がる。オレは咄嗟に視線をそちらに向けたけれど、瀬能の目は動かなかった。  まるでそれは、こぼれ落ちたものは価値がないとでも言うようだ、ここで逆らった先を示唆しているようだと…… 「…………お茶……淹れます」 「うん。お願いしようかな」  おどけるように手を離した瀬能はやはりいつも通りの胡散臭い笑顔だ。  けれどのその両目の下に浮かぶクマに気づいてしまったオレは、逆らうような発言を僅かにも出せないままだった。  甘えるような手が縋りついて、鼻先をふわふわといい香りが漂う。  腕の中の奇跡のような存在の無事を確保できるなら、オレは悪魔に魂も売るし、世話になった直江のその後を聞くことも我慢できた。  オレの中の天秤には世界と雪虫が乗っていて、そして常に雪虫の方に傾いている。  っていうか、雪虫の方にしか傾かない。 「しずる! こっちみて」 「見てるって、オレが他を見るわけないだろ?」  両頬を掴まれて、ぐいっと雪虫の方に向けられるけれど……可愛すぎてもう、何もかもどうでもいいかなって思えてくる。 「しごと……しごと? 仕事とわたし、どっちがだいじなの?」 「雪虫に決まってるだろ?」  デレデレと答えると、雪虫は「え?」って顔をした。  あれ? なんか答え間違えた? って思っただけで、心臓が急にドキドキしてくるから、本当に雪虫に振り回されてるな。 「  っ、  っ、えぇっと……ひどい、わたしのこと大事じゃないのね」  ものっすごい棒読みだけれど、それを言われたオレの心はその棒で突き回されたかのように痛むってことを、雪虫は知らない。 「え……えー……今度は、誰に何言われたの?」 「セキが、いそがしくてかまってくれなかったらこう言うんだよって」 「オレ、仕事より雪虫が大事っていったのに!」 「だって、大神はセキをポイってして仕事いっちゃうんだって」 「ああ……」  オレは会えてないけれど、ずっと研究所にいるセキが会えているってことはここに来ているってことだ。  直江さんの件があってから、瀬能だけじゃなくてオレも駆り出されてとにかく慌ただしい。今日だって、この後は瀬能の出張に付き合って出かけなきゃならない。 「…………んぎゅ」  雪虫の力で顔を挟まれたって痛くもなんともないけれど、唇は歪む。  間抜けな声が出ちゃったなって焦ってたら、目の前に氷河のような蒼が広がった。

ともだちにシェアしよう!