369 / 395
雪虫6 46
すがるはポカンとした顔をした直後、大慌てで大神に飛びつく。
「いや! いや! いやよ! いやっ! それでなくとも最愛の黙となかなか会えないのに、貴方の秘書になんかされたらまったく会えなくなるじゃない! それでなくとも会えなくて黙に忘れられてるのにこれ以上忘れられるなんて私耐えられない!」
「じゃあ、しっかり仕込むんだな」
「ひどい!」
キッと睨みつける目は力強いけれど、大神には効かなさそうだ。……というか、知らない間にオレの新しい仕事が決まってて……え? どういうこと?
「ま……待って……オレの意見は?」
もちろん、そんなものないってわかってるけど、悪あがきはしたい。
「そんなもの必要ない」
「ですよねー……」
殴られて山に引き摺られてきて、挙句勝手に仕事を押し付けられるなんて。
「でもオレ、瀬能先生の助手なんですけど?」
「それはこちらで調整する」
「調整されても、雪虫に会う時間が減るならお断りします!」
それでなくとも今日一日会えてないのに!
引き摺られてきた道を見て、この山道を辿れば車の出る道に出れるだろうか? そこからヒッチハイクをして……辺りが真っ暗になってるところを見ると遠くに連れてこられてるようだから、今から研究所に戻ってももう入れてもらえないかもしれない……なんて算段をつけているオレの前に、見事な砂時計型の体が立ち塞がる。
「もう覚悟決めなさい」
「いやだって…………——————っ」
ぶるりと悪寒が走ったのは、山の夜気の冷たさのせいじゃない。
至近距離に近づかれて、オレはそこで初めて目の前の人間……人間? 人間……が、αなんだってわかった。
身長はオレよりも高くはあったけれど、胸と尻以外は華奢で大神のような筋肉はついていない。
けれどオレは……
「 っ」
化け物 という言葉を飲み込めたことは、後から思えば幸運だった。
そんな言葉すら出せないほどの恐怖だったというのが事実だったけれど、この時のオレは蛇に睨まれた蛙の気分を理解していた。
目の前の存在が何かわからない。
形が人間だというのはわかる。
αだということもわかる。
けれど……ニンゲンなのか、わからなかった。
「——あら? 気づいちゃった?」
長い爪のついた指先が困ったように滑らかな頬を撫で……
「君なら、こっちの方がよくわかるんじゃない?」
ざらりと人の輪郭が崩れる瞬間を見ることがあるなんて、オレは思っても見なかった。
頬の皮膚に赤い爪が入り込んで、そこからざらざらと粒になって体が解け……オレよりも大きな背が縮み、歪んだ輪郭が再構成される。
ともだちにシェアしよう!

