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雪虫6 56
ふわっと鼻先をくすぐった濃い雪虫の匂いに刺激されて、もう涙をこらえることは不可避だった。
膝の上にぱたぱたと落ちる涙に雪虫は驚いたようで、すぐにオレの顔を覗き込んで「だいじょうぶ?」と綺麗な瞳を瞬かせながら尋ねてくる。
以前よりもふっくらとしてい見える頬に、赤い目元のおかげで血色はよく見える。
…………いや、よすぎるんだ。
風呂に入っていたから当然といえば当然だが、むしろこの風呂のタイミングはおかしかった。
雪虫はいつもオレの手が空きやすい夕方にはいるようにしていた。……別に、必ずそうしなければならないというわけではないけれど、規則正しく生活している雪虫の生活を知っているオレには、なんとなくおかしく思える。
「熱……出てる?」
目の下に広がる花束のような赤さを指摘すると、雪虫の体が不自然に跳ね上がった。
「……おふろ、だめだった?」
「違うよ! 悪いことなんて何もないよ! むしろ、オレの方が……オレがやらなきゃなのに、セキに全部まかせちゃっててごめんな?」
「セキは、見ててくれただけ。自分一人で入れるよ」
まるで小さな子供がするような報告だ。
風呂に入るなんて誰だってするし、そのことにこんなに気をもむなんて、オレがおかしいと思われてもしかたがない。
でも、雪虫なんだ。
外気にあたり続けるだけでも熱を出すような、そんな弱い体では普通の生活を送るのは難しくって……オレだけでなく、セキを初めてとしてうたや、瀬能から紹介されたΩに雪虫の付き添いをお願いしているような状況だ。
そんな状況で、雪虫から目を離していたセキ。
湯あたりをしたり、滑って体を打ち付けるなんてこともあるかもしれないのに、放置していた?
髪も早く乾かしてやらなければ、あっという間に体温が下がって風邪をひいてしまう。
そのことは、オレよりも以前から付き合いのあるセキのほうがよくわかっているはずだ。
「ゆ……雪虫、なんか隠してる?」
「ふぇ?」
髪の先端から雫を落としながら、雪虫は明らかにオレから視線をそらした。
さっとタオルで隠した頬は隠しきれていなくて、真っ赤だ。
どうして、赤くなる必要が、あるんだろう?
自分の考えが大きな文字になって頭の中で暴れまわる。それらががんがんと頭蓋骨を内側からつつき倒すから、頭痛は耐え難いと思わせるくらいひどかった。
「な、なにが……あったの?」
急いで風呂に入らなければならないような、セキが一緒に浴室に入れないような、そんな何かが……
「な、なんでもない!」
オレの問いかけに雪虫の顔はますます赤くなっていく。
もうそれは、隠す意思を放棄したようにすら思えるほどだった。
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