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雪虫6 59

  「貴方がしたことで黙が心を痛めてる。私が貴方を咎める理由はそれだけで十分よ」    突然間違えた世界に入り込んでしまったかのように、すがるの声は平坦なものへと変わる。  それが……恐ろしい切り替わりのスイッチに思えて、オレはとっさに体を大きくゆすってドアへと体当たりした。膝がぶつかってぼこんと鈍い音が響き、  二人の会話が不自然に途切れた。   「Morning!」    軽やかな声と共にドアが開けられ、そこにもたれていたオレの体は支えるものを失ってごろりと転がる。  冷ややかに見下ろす二人の目に……α用緊急抑制剤で血の足らない頭でも恐怖を感じた。    虫を見下ろすような、不穏な視線だ。   「君、覚えてる?」 「…………」    覚えていないと言いたかった。だって、オレが覚えていると言ってしまえば雪虫の不貞が現実になって、覆しようがなくなって、それからオレは捨てられるかもしれなくて……    返事をしないオレにしびれを切らした大神が、艶のある先端のとがった靴を振り上げる。  かつてそれでぼこぼこにされたことのある人間にとっては、ただただ恐怖の対象でしかない。    逃げようと身をよじるもうまくいかず、また薬の効果なのか血の気が下がるような気持ち悪さに襲われて、オレは素直に蹴り飛ばされざるを得なかった。   「いっ……」    他の人間に殴られるのは慣れることができたけれど、大神と水谷の攻撃だけはどうにも慣れることができない。  骨にまで響く鋭い痛みに悶絶していると、すがるの手がオレを乱暴に引きずり上げ、抱え込んだ。   「Stop! Stop!」    大神に向けてまっすぐ手を伸ばす様は、救いの神のようだった。   「顔をケガしたらまた秘書業務できなくなるでしょう⁉」 「ああ、そうだな」 「そこが問題なんですか⁉」    オレが殴られることに関して、二人は毛ほども何も考えてはいなくて、大神の暴力で傷を負った場合のマイナス部分の話しかしない。    やっぱり、オレの人権なんてないんだ。   「拾いあげてもらっておいてアレなんですけど、放してもらってもいいですか? それで、オレちょっと出かけてきます!」 「どこに行く気なの?」    真っ赤な口紅の塗られた……唇、じゃ、ない。  ぽっかりと開いた洞が優しく問いかけてくる。   「つがい を。しんぱい、で」    覗き込んではいけないとわかっていても目が離せないのが人間の業だ。  真珠のような綺麗な歯が並んでいるように見えたけれど、でもそれは一瞬だけざわりと震えたように見えて……   「雪虫は貴方に会いたがるかしら?」 「え……」 「貴方、記憶がいいんでしょ」    その一言がすべてだとばかりに、すがるは唇をゆがめて笑みの形を作った。       

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