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雪虫6 63
「黙」は繰り返しすがるの口から出てきた……多分、人の名前。
その名前をいう瞬間にだけ、ガラス玉のようなすがるの瞳に光がさすようだから、その人がどんな立場なのか考えるのは簡単だった。
「じゃあ、その黙さんから他の奴の臭いがしたら、いやじゃないですか?」
「いや? そんなことありえないわ」
「そん 」
「そんな事実、なくしてしまえばいいだけなんだから」
にっこりとほほ笑むすがるの目を見返し、まるで天啓を得た気分で頷いた。
「オレだってそうです。雪虫から他のαのフェロモンを感じたら、冷静になんかなれない」
短く切って整えてある爪をぎりぎりと皮膚に食い込ませながら、薄れることのない記憶の中の知らないαのフェロモンに息を詰まらせた。
「…………ちゃんと、あの臭いは覚えてる……大丈夫。見かけたらすぐにわかるから…………」
すがるが言うように、そんな事実をなくしてしまえばいい。
研究所から出られない雪虫と接触できるαなんて限られている、調べるのは簡単だ。
見つけたら、
見つけたら……
「すがる、もういい」
むすりとした表情の大神はそう言うと、愛用のシガレットケースから取り出した煙草を咥える。
「ちょっと、吸わないでよ? 本気で怒るからね」
「研究所の入出記録を出してその馬鹿に見せろ」
「もうっ」
すがるは苛立ちを隠さないまま、携帯電話を素早く操作してからオレに突き付けてきた。
「ここに、研究所に出入りした人間すべてが記録されているわ。よく見てね」
細く長い指がスクロールを繰り返し……オレが研究所へ行けなかった数日間の人の出入りを教える。
小さな文字は人の名前と所属、見ていいのか尋ねたくプロフィール、そしてバース性までしっかりと記載されていて……その中にαの記号はなかった。
それはつまり、オレがいない間、αは研究所に入っていないことになる。
なる が。
「あんたみたいな例外だってあるじゃないか」
低く尋ねると、大神は不愉快そうに眉を上げた。
「それに、以前みたいに性モザイクだって……」
「そんな馬鹿げた確率が繰り返し起こるとでも?」
「…………」
男女だけでも数千人に一人の確立だ、それがバース性……ましてやαとΩでの確立となると、ありえない数字になるのはオレでもわかる。
記録とデータだけを見るなら、雪虫に他のαのフェロモンがついていたのはオレの勘違いだったって結論付けるのが一番無難な話だ。
でも。
「セキだってそうだった」
「なんだと」
ぎし と咥えた煙草が軋む音が鼓膜を打つ。
異様な静けさに自分の心臓の音さえも聞こえそうなほどだった。
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