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雪虫6 72

「ご事情が? 引き抜きにでも?」    露骨すぎるし、下世話すぎると思うのはオレだけか? オレを見ていた時はなんとなく好意的だったのに、今のやり取りでなんだか大神に対して棘を感じてしまった。  とは言え、オレが何かできることもなくて、話を聞きつつきょろきょろと辺りを見回す。   「いえ。一身上の都合で」 「それは残念、厚遇でお誘いしたかったのに」 「魅力的な誘いには思えませんが?」  時宝社長の軽々しい挑発にも大神の表情はぴくりとも動かない。  笑みを張り付けていながらも冷徹とも取れる淡々とした声と横顔に、オレだけじゃなくてクロノベルの重役三人も気まずそうだ。   「ふふ、相変わらず冗談が通じませんのね、大神社長は」  時宝社長はくすりと小さく笑うと、その視線を再びオレへと向けた。先ほど感じた好意的な笑みの裏に、どこか品定めをするような、あるいは何かを探るような鋭い眼光が見え隠れする。 「新しい秘書さん。あなた、とても良い顔をしていらっしゃるわ。何かお困りのことでもあればいつでもご相談なさってね。クロノベル製薬は、優秀な人材をいつでも歓迎しておりますから」  製薬会社の社長からの直接のお誘いはそれだけで魅力があるものだと思う……思うのだけれど、オレは「……お気遣い、ありがとうございます」と絞り出すような返事だけをした。   「あなたも忠誠以上に大事なものがあるでしょう?」 「?」    大神に聞こえないようにだろうか? ひそめられた言葉にきょとんとして目を瞬かせる。  ここでいう忠誠が大神に対するものだとして、そもそもそんなものはないのだからそれ以上大事といわれてもなんのことだかわからない。   「守るためにはどうするべきか、きちんと考えるのよ」 「あ……の……」  オレが大事に思うのは、雪虫だけだ。    「それでは、失礼いたします。大神社長、また後ほど」    時宝社長たちが立ち去っていくと、張り詰めていた空気がすっと引いていくのが分かった。  大神のように威圧的でもないはずなのに、気づけば握りこんだ拳の中がじっとりと濡れている。 「……行くぞ」  大神の低い声が上から降ってくる。いつの間にかビジネス用の笑みは消え失せ、いつものむっつりとした厳格な顔に戻っていた。 「あ、はい…………あの、さっきの人って、なんか……なんか、  」    ビジネスが間に横たわっているからだろうか? オレがわからないだけで、普通のことなのかもしれない と、そんなことを考えながら大神を見上げる。  大神は周囲の喧騒に紛れ込ませるように、潜めた声で短く言葉を継いだ。   「向こうにつきたいなら止める気はない」 「は? な、なんでそんな話に……」

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