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1-③.「客用布団なかった問題」の解決策

電話を切ってから亜紀の様子を見に行く。 彼は眠ってはいるが、「ん……、ん……」と小さく唸っている。額と首筋には、汗。 「暑い、か」 とりあえずタオルで汗を拭き、濡れタオルをつくって彼の額にのせた。それからふと思いついて、冷凍庫にあった保冷剤をタオルのなかに押し込んでみた。いつか姪たちと一緒に買ったケーキについてきたやつだ。かなりミニサイズだが、ないよりマシだ。 春彦がシャワーを済ませてくると、タオルはちゃんと額の上にあった。亜紀の汗は引いている。タオルをどかして額に張り付いた髪をはがして梳いてやると、亜紀がぶるりと震えた。 「ん、今度は寒いか……調整がムズかしいな」 春彦はとても暑がりなので、上掛けは薄手の羽毛布団一枚しか使っていない。そして、冬になっても毛布は登場しない。あれは不必要にもこもこしていて、暑すぎる一品だ。 それなら、客用。そう思って春彦はクローゼットを開けた。敷き布団はあるが、掛け布団はなかった。 「……そうか、マズった」 先月、甥っ子と姪っ子を預かったとき、盛大にオレンジジュースを零されて捨てたのを思い出した。枕もセットで。その日、彼らと見たアニメをマネして外国風を気取り、朝食を布団の上で食べさせようとしたのが災いした。5歳と8歳にはまだ難しい範囲だったらしい。 なお、ベッドで一緒に寝ないのは、甥がどうしても床に落ちてしまうからである(それでも5歳児は起きない)。ベッドが広かろうが川の字の真ん中に寝かせようが、彼の寝相の立体感と範囲の広さには敵わなかった。大怪我をさせる前にと、布団を敷いて寝かせるようにしていた。 ……のに。 「完全に忘れてた。ここのところ忙しくてね」 ひとりぼっちになっていた敷き布団に向かって、弁解した。 布団を含め、明日は必要なものを買い揃える必要がある。春彦はスマホに購入すべきものを打ち込んだ。 ・毛布か布団、枕 ・頭を冷やすなにか ・スポドリ ・おかゆとか、液体系の食べ物 ・すごい加湿器        (※すごい加湿器/「高性能な」などと言いたかったと思われる) ……これでいい。 しかし、問題は今夜である。 ソファは自分が寝るには狭すぎる。かといって、敷き布団にくるまって寝るのも無理がある。とりあえず普通に寝たい。春彦の「普通に寝たい欲」は結構強くて、寝袋を使うキャンプだって苦手なくらいなのだ。 ベッドをちら見すると、やはりどう考えても寒そうにしている亜紀がいる。 そして小さい。自分サイズがもうひとりいるのとは訳が違う。 「一緒に……寝るか」 実は、甥っ子姪っ子のことを思い出したあたりから考えていたことだった。最終手段だが、すべての問題が一気に解決する。 (ただ、やっぱりちょっとアレかなと思って気付かないふりをしていた) ベッドは前の彼女と付き合っているときに買ったダブルベッド。広さに問題はない。その彼女とはこのベッドを使わない段階で別れた。「あなたの大切なものはほかにある」みたいな、よくわからない理由で振られている。不思議な表現をするものだと感心した。 病人と近すぎるという問題については、抗体持ちなのですでにクリアしている。あとは「男同志での同衾」という問題だが、自分は気にしない。いつだったか、気づいたらふたりでこのベッドに転がっていたこともあるし、亜紀も平気だろう。 気が乗らないモードから、そのほうがいいモードになった。 「少し待ってろ、亜紀」 春彦は亜紀があたかも「それでいいから早くしな」と言ったかのような勢いで、眠る準備を始めた。自分だってずっと仕事詰めで、睡眠不足もいいところだ。早く泥のように眠りたい。 缶ビールを呑みながら髪を乾かし、部屋の電灯を消す。布団に足を突っ込みながら「お邪魔します」と言おうとしてやめた。自分のベッドじゃん。 亜紀が寝返ってこちらに背中を向けたので、近づけるだけ近づいた。必然的に春彦の腕は亜紀を抱くようなかたちでおさまるが、そのほうが温かい。亜紀の頭が自分の顎にぶつかるのに、彼の踵は自分の脛にぶつかる。「やっぱりちっちゃいんだな」と実感する。姪っ子たちとはまた違うコンパクトさだ。暴れないので、落ち着くし。 延々と続く、苦しそうな息遣い。 春彦は改めて、迂闊にも風邪を移してしまったことや、たいして体調管理をしていなかったことを反省した。もうほとんど30歳であることを自覚すべきだ。 ほかほかと温かなものを抱いていると、なんだか妙に満ち足りた。 ──が。 そこでふと目に入った亜紀の耳たぶの小ささにびっくりしてしまった。 「かわ……」 む。 「……いくは、ない。ちがう。ただ、小さいだけ。いまのはセーフだ。カワウソの助けもいらなかったレベル」 ひとり呟いて、落ち着く。 落ち着いてから試しに彼の耳たぶをそっと摘まんでみたが、小ささを再確認できた上に、感触がいい。なんとなく耳たぶを指先でむにむにと揉んでいるうちに、春彦も目を閉じた。 プロジェクトは無事成功した。この2日間は可能な限り仕事のことを考えず、看病に集中したい。 それにしても、「看病」! そういった世話の類は嫌いじゃない。姪っ子甥っ子にも鍛えられた。姉にも。だが、まさかその類のものが全然必要なさそうな亜紀をお世話することになるとは。 人生って、わからない。 明日も熱が下がる気はしない。あまり長いあいだ亜紀をひとりきりにするのは心配だから、事前にきちんと行く店を決めて、最短で回ってここに戻る。そういうのは得意だ。 春彦も眠りに落ちた。 土曜日、夜中の2時15分。

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