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2-①.同衾するとは聞いていないが、文句も言えないので

──土曜日の午後3時/亜紀視点 亜紀は喉の渇きを覚え、ぼんやりと目を覚ました。 まだ熱が下がった感じはしないけれど、ぐっすり眠れたのはよくわかった。 改めて考えてみれば、プロジェクト進行中の1ヶ月間、時間を気にせず思いきり寝られた日などろくになかった。仮眠、仮眠、仮眠、また仮眠の繰り返し。そりゃあウイルスにもやられる。今後はもっと体調管理をしないといけない。とにかくあいつ(ヤク)に頼りたくない。 伸びをしたら、足が布団の外に出た。 「えっ……さっむ」 非常に寒い。雪でも降ったのかというほど寒くて、慌てて足を引っ込めた。すぐに湯たんぽのように温かいものが足の裏に触れ、ひと息つく。温かいものは布に包まれていて、亜紀が足を少しばかり動かすと、布がめくれて毛みたいなのがじょりっとした。毛? 「なんでやねん」 振り返ると奴がいた。めっちゃ至近距離に。掛け布団からほぼ出ている状態で、くっかーと眠っている。どうやら布団は自分が奪ってしまっていたようだ。 ただ、春彦が隣で寝ていることの理由まではわからない。客用の布団があるという話ではなかったのか? これは春彦のベッドなのだからもちろん構わないが、ちょっと驚いた。 これだけ顔が近いのはなかなか新鮮だ。だって、身長差は20センチ以上あるので。 「寝ててもイケメンか……なんかすげえムカつくな……」 まごうことなきイケメンだ。なんと言ってもドイツ人の血が混ざっていて、髪や瞳の色素が薄いのがとてもいい。いまは目を閉じているから見えないが、瞳はいわゆる「サファイア・ブルー」で、5月の空のように綺麗だ。 そんな風貌を持つ男から、「日本語ど真ん中」みたいな日本語が出てくるのが、アニメのキャラ的でイイ。春彦はドイツ語も英語もペラペラなのに、プライベートではまったく話さない。仕事でも英文関連はすべて亜紀に持ってくる。なぜか。毛嫌いしているのか? というくらい最低限の最低限。 ……まあ言語の件はさておき、とにかく、改めて考えなくても諸々ハイスペックなのだ。 しかし。 亜紀は「絶対に春彦をスペックで褒めない」と決めていた。勝手に考えはするけれど、本人にそういうことは言わない。 だって…… など、睫毛や唇を観察しながら考えているうちに、春彦がぱちりと目を開けた。 「む。……おはよう亜紀」 「お、は……よ……」 「なんで笑ってる」 「いや……なんか、ウケる状況だなと思い。俺ら一緒に寝てるんですね」 しかもだいぶ密着して……と、そのまま笑い話に持っていこうとしたが、春彦はまったく面白そうじゃない。 「別にウケない。熱は?」 びたん、と額に大きな手のひらがあてられる。 「まだ熱い」と、寝起きのムスっとした声で。 「でも、」 「だめだ」 「……まだなんも言ってないし」 「完全に熱が下がるまで帰らせない」 春彦はそう言って勢いよく起き上がると、頼んでもいないのにキッチンに行ってポカリのペットボトルを持ってきた。これは会社の自動販売機で買ってあったものだ。 時計を見ればもう3時。朝の3時じゃなくて昼過ぎの3時。 亜紀は「ほら、こーなるだろ」と思った。延々と眠り続けてしまう。しかも、途中で一度も起きなかった。自分だけならいいとしても、春彦に迷惑をかけてしまうことには違いない。 「飲め」 春彦がペットボトルを渡してくれた。蓋まで外してある。 「……さんきゅ」 「ゆっくり飲むんだ。慌てないこと」 「わかった。お父さん」 亜紀は春彦に言われた通り、ひとくちひとくちをゆっくり飲んだ。相変わらず喉の違和感はそんなにないが、熱が引いてくれた感じはしない。太腿の表面がぴしぴしと痛む。熱って痛いんですね……、と亜紀は思った。 「実は、」と春彦。「あると思っていた掛け布団がなくて、俺もベッドに寝た。おまえも寒くて震えていたし、文句も言わなかったし」 同衾の言い訳だった。亜紀は寝ていたので文句など言えるわけがない。だが、言えたとしてもいまの自分に言える文句はひとつもない。 「そうか。悪かったな」 「悪くない。布団は今日買ってくることにする」 「そこまでしなくていいんじゃない?」 「なぜ」 「いや、だって……あくまで臨時の話だし。それで余計なカネを使う必要はないでしょ。あと少しだけベッドを借りられたらそれでいい」 「いや、でも」 「夕方には熱が下がっているかもしれないし、そうしたら電車で立川に帰る。だから……ね、そこまでしなくてもね」 と、そこで。 春彦が黙り込んだ。 まずい、と亜紀は思った。

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