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3-①.罪悪感はない。だけど、なんだかお世話はしたい

──土曜日の夕方から深夜/春彦視点 春彦はしばらく、亜紀の寝息を聞きながら仕事をした。本当は、亜紀が眠ったのを確認できたら(それはもう、びっくりするくらいすぐ確認できた)すぐにマンションを出るつもりだったが、顧客からスルーしにくい問い合わせがあり、PCを立ち上げるはめになったのだ。 春彦と亜紀、ふたりが勤める企業はフードサービスシステムの構築をメインとしており、顧客は土日祝日関係なく動いているからしょうがない……と言われればそうだが、春彦はいつものように「しょうがない」と軽く考えることができなかった。ちらちら亜紀に目をやりつつ、モニターを観察し、各所に指示した。 熱も測ったしタオルも取り替えた。いまのところ彼にしてやれることはなにもない。だが、それでも仕事なんかしたくなかった。彼のためにできることを探したかった。 なぜかはよくわからない。義務感? そういうんじゃない。罪悪感はそこそこあるが、そこまででもない。そもそも、そういうタイプじゃないから。 だけど、なんだかお世話はしたい。不思議だ。 「エミリアと乙彦の影響か……?」 あのめんどくさい姉の子とは思えないほど愛らしい、姪っ子と甥っ子。誘拐されると困るので他人に自慢はしないが、本当に可愛いのだ。彼らのことを思うと、心があったかくなって、ぽやぽやする。それに付随するからか、お世話もお世話という気がしない(姉の世話よりよっぽどいい)。それに近いのか……? 春彦は仕事が終わると即、外に飛び出した。 予定していた店をすべて回り、買い物リストのものをすべて揃えた。毛布は、寝心地がすごくよさそうだったダブルサイズのものを1枚だけ。本来は、「亜紀が使う毛布(シングル)」と、「自分が使う掛け布団(シングル)」を買うべきだったが、気付いたのがレジで支払いを済ませたあとだったので、諦めた。 これでは、今夜もふたりで寝ることになるが? ……まあいいか。 春彦は、そこで考えるのを放棄した。結局、同衾についてはなにも問題になっていなかったし、ベッドがダブルなのだから、その他が揃ってダブルでも全然おかしくない。 どでかい荷物を両手に持ってマンションに戻ったのは、午後9時すぎ。急ぎ足でベッドに向かったが、亜紀はろくに寝相を変えずに寝ていた。初日よりはマシに見えるが、額に触れるとやはり熱い。 「ただいま。亜紀。熱、測らせてもらうぞ」 一応の確認。亜紀の額にそれほど汗がないことを確認してから、パジャマのボタンを3つ外して前を広くはだけさせた。 抱き上げて運んだときも思ったが、彼の身体は自分の身体とはずいぶん違う。かといって、女性とも明らかに違う。肌は白いけれど、筋肉でぴしりと引き締まり、滑らかな身体のラインを描いている。美しいと思った。シンプルに。亜紀は「忙しくてジムに行けない」とぼやいていたが、それでもできる限りのことはしているのだろう。この男のストイックさはよく知っている。 体温計を脇の下に突っ込み、アラームが鳴るのを待つ。ぴったり39度。 「──くそ……なかなか手強いな」 自分のときもまあ、そうだった。質の悪い風邪だと何度も思った。 ただ、亜紀がうなされている様子はない。平熱も高そうだから(偏見)、これでもマシなのかもしれない。失敗した、平熱くらい聞いておけばよかった。 乾燥している気がしたので、春彦はダンボール箱から新品の加湿器を取り出した。颯爽と英語で話しかけてきた若いスタッフに「できるだけすごい加湿器が欲しい」と普通に日本語で言ったら、「なんだ! なら、これで。めっちゃ湿りますよ!(日本語)」と案内された最新機種。最初の「なんだ!」の意味がわかってイラついたが、それでいい、とすぐに会計をすませた。店舗滞在時間は7分だった。

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