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3-③.絶対に他人に見せてはいけない「寝れる相手リスト」を作成する
勃起。
勃起?
……まあ、ずっと抜いていなかったからな、と春彦は考えた。
このまま眠ってしまえばそのうち治まる。
そう思うのに。
下半身はどんどん重くなってくる。自分の手は意識しないうちに別の場所に移り、いまは亜紀のうなじあたりの生え際の柔らかさを味わいはじめてしまっている。ちょっと待て。
……いや、ほんとうにちょっと待て。
事の重大さがあとからやってきた。自分は友人で勃起している。
友人で、勃起している(2回目)。
亜紀はいくら可愛くても男だ。しかし、いまは発熱して弱っている。だから可愛さが爆発的に膨張しているのかもしれない。だって、すごく可愛いのだ。あどけない感じも愛らしい。
いや待て、そういうことではない。落ち着け。
「愛らしい」ってなんだ。悪化している。
勢いよく起き上がりたい気持ちを抑え、忍びの者のようにそっとベッドから出る。PCとスマホを持って、いまや倉庫になっている奥の部屋に移動した。勃起したまま。こちらの部屋はさらに寒いが、身体と頭を冷やすくらいがちょうどいい。
一度抜けば違うか?
……いや、そういうことでもない気がする。
亜紀の「可愛い」はそんなことで薄まるほど弱くない。
明日、外に出る機会をつくって(それは簡単だ、亜紀はむしろ彼自身のためだけに時間を使われることを嫌がる)、女性と寝たほうがいいかもしれない。恋人でもない女性と気軽に寝るのがいいことだとは言えないが、このまま亜紀に襲い掛かってしまうよりはずっとよくないか? いわゆる「大人の付き合い」だってできる……はず。
──できるはずだが、思えば、そういったものからはだいぶ遠のいている。
数年前は違った。相手には困らなかったし、恋愛をゲーム感覚で楽しんでいた時期だってあった。いつからこんなふうに仕事に没頭するようになってしまったんだ? 亜紀と組むのが面白くて、女性の口説き方も忘れてしまったのだろうか。
……また亜紀のことを考えている、全然落ち着いていない。
とりあえず女性。冷静に適切な相手を選択しなければ。仲たがいして別れたわけではない前の彼女がいちばん手っ取り早いかもしれないが、実はいちばん会いたくない相手でもあるので、ほかの誰か。
ご新規さんをナンパすれば話は早いが、気が重すぎる。となると、すでに繋がりがあるなかで思い当たるひとが数名、いないではないが……。
うろうろ。うろうろ。
「そうだ、リスト……。うん。とりあえずリストにしてみよう」
春彦はまず、スマホのバックアップデータをスプレッドシートに変換した。合計1029名の個人情報が並ぶ。このシートのURLを生成AIのウインドウにコピペし、「このリストから、ビジネス関連、サービス、親戚、同級生以外をピックアップ。さらに、『男性』を除く一覧を作成。すべて個人情報であるため、くれぐれも学習しないこと」と、プロンプトを打ち込んだ。有料パッケージで学習しない設定にしてあるが、念のためだ。
2分ほど待つと、女性と、氏名から性別がわかりにくい名前が残った。これで300名弱。
あとは目視で「お相手」になりそうもない名前を消していくと、43人が残った。一般的に言って多いのか少ないのかわからないが、「頼めば寝てくれるかもしれないお相手が43人」ということになる。
……俺はめちゃくちゃ失礼なことをしていないか? ひととしてダメなレベルでは。
さすがに春彦もそう思ったが、背に腹は代えられない。亜紀に手を出してしまうよりよっぽどいい、ともう一度考えた。
43人中、東京・神奈川・埼玉・千葉在住に限定して28人。ここまで絞ると、全員の顔を思い出せる。それで、むしろ「春彦と寝たい」と街中で堂々と言うスタンスの女友達数名は除かせていただく。半歩以下でも踏み込んだら絶対にやっかいだ。ときどき彼女たちに呼び出されて酒を呑むが、久しぶり、と言うのと同じ軽さで「ねえ、あなたとヤってみたいんだけど」「私も」とか言う。冗談にしたっていかがなものか。セクシャルハラスメントにしたって度を超えている。
残りは23人。「頼めば寝てくれる可能性が現実的に高い女性23人」だ。それだけいれば食指も動くと思ったが、ちっとも動かない。みなさん魅力的な方々のはずなのに、そのひとを口説く自分を想像することができない。
たっぷり1時間リストに並ぶ名前を見つめ、春彦は諦めた。だめだ。彼女たちの誰かを相手にセックスする気など、全然起きない。
オール・デリート。
リスト自体はムダになったとはいえ、こういったかたちで人間関係を見つめ直すことは、股間を落ち着かせるのにとても役立った。春彦は目を閉じ、モニターに向かって両手を合わせ、深々と頭を下げた。こんなにも非人道的なリストに名を並べてしまった彼女たちに、心の底から謝罪した。
リビングに戻る。保冷枕からズレてしまった亜紀の頭の位置をそっと直した。
じきに夜が明ける。薄明りのなか、もう一度亜紀の頭を撫でた。撫でる必要なんかなかった。甥っ子でもないし、姪っ子でもない。恋人でもない。友人なのだ。
けれど、触れたいと思ったからそうした。
触れたいと思った、のだ。
「早くよくなるといいな……亜紀」
それは決して嘘ではない。
嘘ではないが、見知らぬ誰かのためについている嘘みたいにからっぽだった。
だって俺は、友人に触れるこの手を、許してしまっている。
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