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4-③.ちょっとズルい経路で、親友が自分をどう思っているかを知っちゃった

とはいえ、眠気があるわけではない。薬さえ飲まなければこうなんだよな、と思う。 横向きに寝て、一応子どもたちの様子を見る。さっきは乙彦があまりにもミニ春彦であることに気を取られていたが、エミリアは見事にマナそっくりだった。父親のDNAはどこに行ってしまったんだろう? ふたりはダイニングテーブルにつくと、慣れた様子で自分たちが持ってきたものを並べはじめた。3連のヨーグルトとクッキーをレジ袋から取り出し、大きな水筒も置く。スプーンはエミリアがキッチンの引き出しから取り出した。乙彦は亜紀が開けたことのない扉を開けると、プラスチック製のコップをふたつ手に取った。「そこにそんなのあったのかよ」と亜紀は小さく驚いた。 ひととおり準備が終わると、ふたりはきちんと並んで座り、食事を始めた。壁の時計に目をやると、2時。早めのおやつだ。 「おねえちゃん」 「なあに」 「このヨーグルトはちょっと味がおちたかも? あんまりあまくない」 5歳児から「味が落ちた」といった言葉が出てきたのがなかなか面白い。そうだ、味は悪くなるものでなく落ちるものなのだ。久々に思い出した。 「甘いクッキーと一緒に食べてるからじゃない? ちゃんとお茶も飲んでみて」 乙彦は言われた通り、コップに注いだ麦茶を飲んだ。 「これは、冷たくていいむぎちゃだね」 「よくわからないけど、いい麦茶だとは思う」 「いっぱいのんだら、なくなる?」 「いいよ。おねえちゃんのをあげるから」 ひぃ……! なにコレめちゃくちゃ癒される……! このくらいの年齢の子にしてはふたりともしっかりした喋り方をしている。小さなふたりの、小さな会話。お世辞抜きで、すごく可愛い。天使と言ってもいいレベルで可愛い。 子ども好きとかそういうのでもないが、それでも亜紀は元気だったら足をばたばたしたい衝動に駆られた。 そのとき、乙彦と眼が合った。 「ねえ、アキもヨーグルトをたべればいいんじゃない?」 口の周りにヨーグルトをつけた乙彦が言う。いいこと思いついた! という顔。 エミリアはひとつ残っていたカップのヨーグルトを持ってきた。乙彦はキッチンに回ってがちゃがちゃ音を立ててからこちらに向かってくる。ちゃんとスプーンを持っている。 「はい、アキ。大人にはちょうどいい甘さだよ、きっと」 「クッキーもあとであげる。さきにヨーグルトをたべたほうがいいよ」 念のため近づくなと言っても彼らはきかないだろう。マナと同じ理屈を言い出しそうで、亜紀は観念して身体を起こした。 「ありがと。なあ、なんで俺の名前知ってたの」 「ハルが教えてくれたからに決まってる。ちょっと待ってて。あ、食べていいからね」 エミリアはテレビの隣の棚まで行くと、そこからタブレットを取り出した。なにやら操作している。勝手知ったる、ということなのだろう。 「はい、これ」 「え」 「ほら、アキがいるでしょ」 「ほかの写真にもいるよ」と乙彦が続ける。「このフォルダのなかにいっぱいある」 「……マジか……」 いつの写真かは、すぐにわかった。中途採用者の社員研修の最終日。打ち上げに参加したあと、三次会をパスして行った河原での写真だ。春彦とふたりだけで酒を呑んだ。季節は夏で、空はほんのりと明るい。始発が走り始める時間。 春彦のスマホで撮っているので、映っているのはほとんど亜紀だ。ふたり並んで映っているのは、彼が自撮りした数枚だけ。 「俺、なんか若い……? たった3年前なのに」 「いちばんなかよしなんでしょ?」と、乙彦。当然のようにベッドに乗り、亜紀の隣に座ってタブレットを覗き込んでいる。 いちばん。 「あ……春彦がそう言ってた?」 微妙に後ろめたい気持ちになりながらも訊いてしまう。これ系のことを本人がいないときに第三者から聞き出すとか、あんまりいいことではない。 「うん。アキがいちばんなかよしのおともだちだって」 「……そっか。……うん。まあ…………いちばんだね」 「あと、可愛いって」と、エミリアがベッドに腰かけながら言った。 「あ?」 「ハルがこれ見て、可愛いよな、って言ってた」 「……まあ……いや……いまよりはそうかな……」 「そうじゃなくて」と、エミリアが写真のある部分を指さす。「この目のほくろとかって」 「……こまか」 カスタマイズでつくったフォルダがそれひとつだけで、あとはスクショフォルダだったり、ダウンロードフォルダだったりした。春彦のスマホと同期されているものなのだろう。これ以上見るのはデリカシーがなさすぎると思い、亜紀は「ありがとう」と、ふたりに返した。 「もうこれであそんでいい?」 乙彦が眼をぎらぎらさせながら言う。 「いつもそう? これで遊んでるの?」 「いつもそう! これであそんでる。ゲームもいっぱい入ってる」 「うん。なら……たぶん。写真とか消さないように、な」 「このデバイスからはできないようにロックしてあるって」 と、すかさずエミリアが説明してくれた。 「……う……そうか。なんかすごいね、エミリアって」 「いまどき、これくらいはね。ハルはね、わからないって言うとなんでも説明してくれるの。ママは『Ich kann es nicht tun(無理)』って言うけど、わたしはがんばりたい。アキと同じ」 「俺、なの?」 「アキはすごーくいろいろがんばるって」 「そう……ですか……あいつはそうやっていろいろ俺の話をしてるのね」 「うん。乙彦がなんでも訊くから。好きな食べ物とか、好きな電車とか。質問ばっかり。でもハルは全部に必ず答えてくれるの。なんか変な答えのときもあるけど」 「ああ、なるほど……」 息をするように物事を尋ねる5歳児に応じていたら、教えなくていいことまで教える結果になってしまった、ということだ。 「ねえ、ヨーグルト、食べたら寝てね。カラは置きっぱなしでいいから。熱がなかったら自分で捨てなさいって言うけど。うちはそうしないとママに叱られるの」 「ん、ありがと」 カップの加糖ヨーグルト。ひっさびさに食べるが、けっこう美味しい。昔より改良されているのかもしれない。亜紀はひとくちひとくちをゆっくり食べた。そのあと渡されたクッキーも1枚だけ齧った。だいぶ久しぶりに食べる懐かしい味だ。 春彦は、子どもたちの質問に答えていただけ。それはそうだ。だけど、それらはそもそも「春彦のなかにある答え」なのだ。あいつは嘘をつかない。たとえ、子どもたちが相手でも。 だから、「いちばん」は本心だ。適当に言ったわけじゃない。 ……ひどいズルをした気持ちになっている。 けれど、喜んでしまっている自分を否定できない。

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