14 / 28
4-④.おじさん(=春彦29歳)とその姪たちの共通点。改めて出会った頃の彼の「不機嫌」を思い出す
「──ねえ! おくすりはのんだ?」
突然、乙彦が大声を張り上げたので、亜紀はびくっとなってしまった。
「……飲んでない」
バカ正直に答えてしまう。
「のまないの?」と乙彦。タブレットをしっかり持ったままだが、顔はこちらに向けている。
「うん……飲まないと春彦に叱られるんだけどさ……」
「風邪なら飲まないとだめだよ」とエミリア。「これでしょ?」
コップを洗い終わったエミリアが、キッチンに置いてあった薬の箱を持って見せてきた。
「アキってば、大人なのにお薬イヤなの?」
「……うん、イヤ」
「でもこれ、ニガくないやつでしょ?」
「ニガくても平気なんだけどさ。俺、それ飲むと何時間も起きないんだ。すごく眠くなって。そうしたらエミリアと乙彦が帰るときに、ちゃんとバイバイもできない」
亜紀は「薬を飲まなくてすむ言い訳として都合がいい」とも思って発言したが、口に出してみたら結構な本心だった。あと1時間もすればマナさんが迎えにきてしまう。約束通りだし予定通りだ。
なのに、この子たちと別れるのがすごく名残惜しい。しかも、また会える保障はない。「目が覚めたら誰もいない」なんていう状況、想像よりもデカすぎる喪失感に苛まれそうだ。
「ぼくが起こすよ!」
乙彦は必死の提案をしたつもりのようだが、エミリアはまだじっと亜紀を見つめている。
「俺さ、風邪薬に弱くて。本当に死んじゃったみたいになるから。乙彦が起こしてくれても、絶対に起きないと思う。がんばりたいけど、寝てるからがんばれない」
こんなことを真剣に説明している自分がよくわからない。なんで子ども相手にこんな話を? 自分のほうが子どもっぽい。
「わたしたちとちゃんとバイバイできないのが、寂しいの?」とエミリア。
「……うん、寂しい」
そう答えてしまって、涙ぐみそうになった。あまりにも自分らしくない。「寂しい」なんて基本的には言わないことだ。誰に対したって、いつだって。いつでもどこでもなにがあってもサクサクしてる奴だと言われるのが自分だったはず。熱のせいとはいえ、弱りすぎている。
「……そうしたら、お手紙を書いておく」
数秒経ってから、エミリアがそう言った。
「お手紙?」
「うん。目が覚めたら、読めるように。そうしたら私たちがいなくても、あんまり寂しくないかもしれないでしょ?」
──手紙。
ふと、頭の隅からある記憶が姿を覗かせた。以前、自分の寂しさを紛らわしてくれた手紙がある。それをくれたのが、エミリアと乙彦の「おじさん」だ。つまり、春彦。
なんだか妙な繋がり。
「……いいな、お手紙って。書いておいてほしい」
「うん。それにね、寂しいのは次に会う約束をしてないからだよ」
「そっか、なるほど」
「ハルにお願いして、また遊びに来させてもらうから。絶対に。そのとき、アキも呼んでってお願いしてみる。いままでは会えるなんて思ってなかったけど、もう会えるもん。ハルはなんでもお願いをきいてくれるから、きっとだいじょうぶ」
「そうしよう!」と乙彦。「またほんもののアキと会える」
エミリアが水を入れたプラスチックのコップ(子ども用)と、薬の箱を持ってきてくれた。
「たくさん寝れるってことは、たくさん寝たほうがいいってことよ」
「ほんとエミリアってすごいよな……」
「ママのマネ。実はうちのパパもおんなじなの。乙彦がすごい勢いで乗っかっても起きないんだから。うんうん言うけど、またすぐ寝るの」
「ははっ。そっか」
「今度は病気じゃないときに、またここに来てね」
「うん。必ず。ぜったいに」
薬を飲み、横になって息をついた。少しばかり熱が上がっている気がする。いま目を閉じたら、深く深く眠ってしまう自信しかない。
「ありがと、エミリア、乙彦」
心配そうな顔をしてすぐそばに立つふたりに言う。改めて考えると、まったくもって変なシチュエーションだ。よくあるただの風邪で、この子たちは子どもで、俺は大人なのに。会って1時間くらいしか経っていないのに。
でも、ふたりの心配は本物でしかなくて。
「いいの。おやすみなさい、アキ」
「アキ、おやすみなさい!」
ふたりの挨拶に頷いて、目を閉じた。小さな手が、頭を撫でてくれた。
寝なくてすむなら寝ないでいたかった。だけど、やはり眠気はやはり強大すぎた。絶対寝るよなコレ、と敗北感を味わいつつ、亜紀はしばらくぼんやりしていた。
「いちばん」か。
春彦と友達になったばかりのころを思い出す。あの写真を見たからだろう。
彼とは、期中入社後に参加した研修で出会った。現在、春彦は部長で、主任である亜紀より上の立場だが、入社は亜紀のほうが半年ほど早い。
いまでこそ悪くない人間関係を築いている春彦だが、入社当初はものすごく高くて厚い壁をつくっていた人間だった。他人に声をかけることもなく、「話しかけるな」という圧を常に発していたのだ。特に、彼の目立ちすぎる外見を誰かが軽率に褒めると、道に吐き捨てられたガムを見るような目で見下ろして、
「そういうことは言わなくていい。仕事に関係ない」
……と、漫画でしか見ないセリフをさらりと吐いた。
心からイヤなのだろう、それがわかる表情。
だが、悪気ありなし関係なく、春彦の外見に触れ、絡んでくる人間は多い。そのたびに春彦の不機嫌な顔を見ることになった。
ともだちにシェアしよう!

